2011年 02月 09日

それは痛かろう

今朝は小雨が降っていた。関東では久々の雨。
出かける直前、息子にレインコートを着せるか迷って夫に聞いた。
「今、雨どれ位降ってる?ちょっと窓の外見て!」
夫「大丈夫、誰も傘ささってない!
・・・そりゃあ、傘は誰にも刺さってないだろう、刺さってたらタイヘンだよ。

夫、いつになったら日本語上達するのだろうと思いながら家を出た・・・夫の言葉を信じて息子にレインコート着せなかったのに、結構降ってたし、みんな傘差してた
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# by xiaozhuzhu | 2011-02-09 22:06 | 国際結婚2011年の日記
2011年 01月 14日

自分勝手…

夫のシステム開発の仕事は、なかなか儲かる仕事だった・・・リーマンショックまでは。
2年前に正社員の職を失った夫、その後仕事があったりなかったり、あったとしても驚くほどの低賃金。家族を養う気力をすっかり失くし、妻である私に対し「お前が家族を養え」と繰り返す日々。そう言いつつも夫が家事育児を代わりにやってくれるわけでもない。家事育児をこなしつつそこそこ収入も得られる仕事を求めて、私もこの2年間、3つの仕事をかけ持ちしたり、2度も転職したり。

そして、昨年6月に入社した会社で、2月からようやく正社員として腰を落ち着けようとしていた矢先・・・夫に再び高収入の仕事が舞い込んだ。

その日、夫は年末に失業したっきり仕事がなく家でゴロゴロ。息子は中国に行っていた疲れが溜まって保育園をお休みしていた。私は中国から帰国以来、仕事の遅れを取り戻すために必死に仕事していた。そんな仕事中の私に夫からの電話。「今からすぐに面接に行かなきゃ。息子、どうしよう?」
結局、夫は私の会社に息子を連れてきて置き去りにした。私は仕方なく会社を早退した。山ほど仕事が溜まっているのに。
夫の面接は成功したらしい。月収はリーマンショック以前並みで夫は大満足。ただし契約はひと月毎に更新。つまり何ヶ月続けられるのかは不明。それでも夫は天にも昇る気持ちらしい。早速翌日から仕事一筋に夜遅くまで残業。挙句に「え?お前2月から正社員になるんだっけ?聞いてないよ。」と言い出す。もはや自分の仕事のことしか頭にないらしい。

そして今朝、息子は歩けない程の腹痛を訴える。夫は「俺、会社クビになりたくないから。」とさっさと出かけてしまった。私はまた仕事を休んでしまった。山ほど仕事が溜まっているのに。私だって会社クビになりたくないのに。

夫の仕事がいつまで続くのかは知らないけれど、また夫が失業した時のためにも、私の仕事をもっと尊重してくれてもいいのでは?と思うのですが。
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# by xiaozhuzhu | 2011-01-14 23:36 | 国際結婚2011年の日記
2011年 01月 05日

1月1日

ところで今回、私は生まれて初めて1月1日という日に飛行機に乗りました。1月1日って特別な日なんですね、たくさんのサプライズがありました。

まず、成田空港では無料での御屠蘇配布意。御屠蘇用の桝までいただいちゃいました。さらには獅子舞の演出、最後には布袋さんが小判(偽者ですが)をバラバラばら撒いてくれるんです。外国人のお客様も大喜び。うちの息子も一生懸命小判を拾ってました(汗)。

さて、飛行機に乗るとアテンダントのお姉さんが「HAPPY NEW YEAR!」と言って息子にプレゼントを手渡してくれました。そして、お姉さんと記念撮影。「写真を送るからメールアドレスを教えて」とアフターサービスも◎(後日写真はきちんと届きました)。他の子も同じようにしてもらっていたので、子供向けのサービスだと思っていたら・・・何と、フライトの中盤『今日はNew Year's Dayだからスペシャルくじ引き大会をします!!』と言ってお姉さんが座席NO.の書いてあるくじを引き、その座席NO.に座っていた人にはプレゼントが贈られました。ちなみにプレゼントは息子が貰ったのと同じジクソーパズルのようでした。何だか観光バスのゲーム大会みたいで笑えました。でも、楽しかったです。

息子は「飛行機=くじ引き」と思ってしまったようで、帰りの飛行機でくじ引き大会がないと知り、がっかりしてました(笑)。

今回は旅行会社を通してチケットを予約したので、往復ともきちんとお子様ランチが用意されました。初めて知ったのですが、お子様ランチ、普通の機内食より2倍美味しいです!

2年前に父が亡くなり、夫が失業して以来・・・遠出と言えば実家の三重に法事関連で出かけるくらいで、あとはただただ生活を切り詰めて息をひそめてきたような気がします。でも、思い切ってでかけてヨカッタかも。今度は中国のリゾート地にでも行くかな~。

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生きたまま売られるニワトリ(↑)。こういうの食べてるから皆さん生命力に溢れているのかもね。
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# by xiaozhuzhu | 2011-01-05 12:31 | 2011年上海へ里帰り
2011年 01月 04日

カエル美味し

夫は夫の実家と親戚の家を訪ね歩いてご馳走になるだけの旅行にするつもりだったようですが・・・夫の兄の方から「どこか観光しないの?」と聞いてくれました。すかさず「朱家角!」と答える私。
朱家角は上海郊外にある明清時代に栄えた水郷の街。そんな私の一言で、1月2日は家族総出で朱家角まで日帰り観光となりました。
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1月2日は中国も祝日で、上海から遊びに来た観光客でごった返す朱家角。

こんな石畳の狭い路地(↓)を歩いてるだけで私は楽しかったですが、義兄の家族は「つまらない」を連発してました(笑)。上海の若者には渋すぎるのかな?
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路地の一角には香港人や台湾人がオーナーであるらしいお洒落なカフェがたくさんあって、そんなところでまったりしたいと思った私でしたが、そこのコーヒー1杯の値段が普通の中国人のランチ10回分くらいの値段である事を考えるとやっぱり言い出せず・・・。
お昼に入ったレストランで朱家角付近の川で捕れたお魚をおいしくいただきました。写真を撮りそびれましたが、今回タニシ(田螺)に初挑戦!これがまた意外にも美味しかった~。何で日本では食べないんだろうって思った程。ちなみに大人5人、子供2人で飲み食いしてもやっぱりお洒落カフェのコーヒー2~3杯分くらいの値段でした(汗)。

今回おいしい!と思ったのはタニシ(田螺)だけではありません。カエル(↓)も美味でした。朱家角の露店で売っていたのを義兄のお嫁さんが買ってくれ、翌日温めてから食べさせてくれました。カエル~って形が残ってますが(笑)、メチャ美味しかったです。
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# by xiaozhuzhu | 2011-01-04 21:36 | 2011年上海へ里帰り
2011年 01月 03日

前世は中国人かも

6歳の息子。小さい頃からパパが中国人であること、自分がハーフであることは自覚していた。そろそろ息子に中国という国をしっかり見て欲しいと思っていた。アスペルガー症候群である息子には通常の人の何倍ものカルチャーショックを与えちゃったかも知れないけど、息子はきちんと受け止めてくれたと思う。
ひたすら機嫌が悪く、4歳下の従弟ともほとんど遊ばず、出された食べ物は全部拒否し、「日本に帰りたい」を連発していた息子(笑)。夫の両親や親戚には「何て子」って思われたかも知れないけど、それでも息子なりに我慢してくれているのが私にはよく分かった。息子には100点満点を与えてあげたい。

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←ホテルの朝食バイキング
これがあったので息子は何とか餓えずに済みました(笑)。

・・・ところで、今回カルチャーショックを受けた人間がもう1人。である。
夫は約2年に1度のペースで中国に帰省している。夫の心の中の上海は常に「世界一すばらしい場所」である。中国人であることを誇りにし、上海の発展ぶりを息子に言い聞かせていた夫。

が、まず初日。タクシーの荒々しい運転に車酔いを訴える夫。そしてホテルのすぐ近くにある地下鉄の駅が見つけられない夫。かろうじて駅を見つけたもののどのホームに行っていいか分からない夫。「お前上海人と違うんか~emoticon-0132-envy.gif、自分の実家に帰る電車も分からんのか~emoticon-0130-devil.gif」と苛立つ私。オドオドする夫。いや、分かるんです。上海の地下鉄網がいかに発達しようとも、駅の案内表示や、乗り換えの利便性や、そういう所はやっぱり日本の方が優れてますとも。日本の至れり尽くせりな環境にすっかり慣れきった夫にとって、上海がいかに過酷な環境か、私にも分かりますよ!でもね!だからって私に「お前、誰かに訊いてきて」ってどういう事でしょう!!

思うに、日本で日本語ができない事を理由に何もかもを私に任せっきりな夫。すでに自分で何かをする能力が失われてしまったのではなかろうか?ここは夫の故郷・上海なのだから・・・ここぞとばかり夫が張り切って仕切ってくれるのかと思いきや、タクシー運転手に行き先を上手く説明できずに黙り込む夫。代わって行き先を説明するのは私。地下鉄でどの出口から出れば目的地に近いかを駅員に訊きに行くのも私。息子の食べられそうなものをレストランでテイクアウトすべく奔走するのも私。旦那の両親や親戚に「息子はカルチャーショックを受けているので、せっかく用意してもらったものを食べられなくてごめんなさい」と説明するのも私。乗ってたタクシーが事故ってもただ車内に座り続ける夫(上海では日常茶飯事で普通はすぐそのタクシーを乗り捨てて別のタクシーに乗る)。自分が20年以上も暮らしていた上海が、天国のようだと思っていた上海が、夫の中でどんどん見ず知らずの街に変わっていったよう。親戚の前ではニコニコしているのに、3人になるとひたすら不機嫌になり黙り込む夫。

私はと言うと・・・なんだか知らないけど中国に行くと普段以上に逞しくなってしまい、環境の変化についてこれない夫にひたすらイライラ。これじゃあどっちが中国人だか分かりゃしない。息子は「ママって日本人だよね?」って私に何度も確認してました(笑)。そして帰りの飛行機でふと何かを思いついた息子。「じゃあ日本語がすごく上手な中国人もいるってこと?」そうです、いっぱいいますとも。日本語を話して日本に馴染んで生活している中国人はいっぱいいますとも。息子はやっぱり鋭い!何もかもきちんと見抜いている。そして私は何だか息子に慰められた気分。「ママ頑張ってるんだね」って言ってもらえたような気分。
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# by xiaozhuzhu | 2011-01-03 15:20 | 2011年上海へ里帰り
2011年 01月 02日

ごはんテイクアウト

中国の家庭料理・・・それは日本人の知っている中華料理とは全然違います。
中国一般家庭にとってのご馳走・・・これも日本人の想像をはるかに超えています。

例えば中国に到着したその日に夫の実家で出されたご馳走はこんな感じ↓
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見た目は地味すぎますが(笑)・・・クラゲ、すっぽん、干したけのこ(福建の特産とか)・・・夫の両親の思いつく限りのご馳走なんです。

夫の兄の家はお嫁さん、2歳の息子、お嫁さんの両親、お嫁さんの弟の6人家族です。
そちらにお邪魔した時のご馳走はこんな感じ↓
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手羽先、エビ、牛肉のすき焼き風(お嫁さんとこの郷土料理とか)・・・本人たちも滅多に食べないご馳走です。

もちろん息子は全く食べられず(汗)。見たこともない料理に相当ショックを受けていました。ホテルに帰ると「おにぎりが食べたい~」と泣く始末。夫に「どっかでごはんテイクアウトしてきて、おにぎり作るから」と言うと「無理、俺は知らない、わからない」の一点張り。

誰が私をこんなに逞しくしたのでしょうか。ホテルの近くにあるごはんがテイクアウトできそうな定食屋に入ってみると、その店はごはんのみのテイクアウトはNG。でも「日本から連れてきた息子がごはんしか食べられなくて困ってるんです~」と粘ると「近所の○×屋さんならできるかも」と教えてくれました。意外と皆さん親切。で、○×屋さんに行くとごはんのテイクアウトは全然OK。この店でも「日本から連れてきた息子がごはんしか食べられなくて困ってるんです~」と言うと店員は誰もがすごく同情してくました。「おにぎりを作るから塩もちょうだい~」と言うと「私が、私が」と店員が競って塩を取りに行ってくれました。皆さん超親切。

持ち帰ったごはんと塩でおにぎりを作ると、息子は「おいしい」と喜んで食べてくれました。中国滞在中に息子が「おいしい」と言ったのはこの1回だけ。もともと偏食が激しい息子。中国で食べたのはこのおにぎりとケンタッキーのフライドポテトくらいなものでした(笑)。
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# by xiaozhuzhu | 2011-01-02 00:28 | 2011年上海へ里帰り
2011年 01月 01日

たくましくなれ、息子!

ご報告が遅くなりましたが・・・無事上海から帰って来ました。4泊5日の里帰り、息子にナマの上海を、中国を感じてもらうことができたと思います。ただでさえ神経質な我が息子・・・旦那の両親や親戚から見ればなにひとつ中国に馴染んでいないように見えたであろう息子ですが(笑)、私には息子がカルチャーショックを受けつつもそれを一生懸命消化しようと頑張っているのがよく分かりました。今回の旅行は息子をきっと逞しい人間にしてくれるはず。それだけで今回の里帰りの目的は果たせたようなものです。
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写真は生きたままお魚を売ってる様子に興味津々の息子。(↑)こういう中国を息子に見せたかったんです。

経済発展ぶりが日々ニュースで取り上げられる中国ですが、久しぶりに見た上海は・・・相変わらず貧しく、日々つつましく暮らす人々であふれていました。地下鉄網は発達し、ファッションビルが増え、こぎれいなレストランが増え、人々のファッションはおしゃれになり・・・恐ろしい勢いで成長しているのは間違いないけれど、それでもやっぱり何一つ変わらない旦那の家族と彼らの生活ぶりでした。
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# by xiaozhuzhu | 2011-01-01 23:59 | 2011年上海へ里帰り
2010年 12月 26日

成長しています

写真では分かりにくいですが・・・保育園児が、しかも男の子がお琴を弾いています。我が保育園名物のお遊戯会でのお琴の演奏です。
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途中で爪が何度も落ちて(笑)、拾っては弾く、拾っては弾くの繰り返しだった我が息子(汗)。でも、きちんと演奏していました。その昔、お遊戯など一切参加せず突っ立っているだけだった息子。成長しました。

12月はこのお遊戯会に始まり、園での三者面談や、自宅での保育園の友達を招いてのクリスマスパーティーと行事が盛り沢山。その間に土曜日の出勤もこなしてまたたく間に年末となりました。

三者面談では、数字や文字を上手に書け、お家でお料理のお手伝いをする息子が先生や他の子供たちに評価されていることを聞かされて安心・・・でも、サンタクロースの顔を「へのへのもへじ」って描いたのにそれを褒められたとか・・・いいのか?本当に?
新しく入った保育士さんは息子と目が合わない事を何となく心配していたと教えてくれました。で、今の環境ではあまり目立たない息子の発達障害が、小学校入学という環境の変化によって何かしらのトラブルを引き起こす可能性がある事を伝え、何とか息子が新しい環境に馴染めるようにサポートしていただけるようにお願いしてきました。「小学校に馴染めず1時間目から保育園に逃げ帰っても笑って受け入れる」という先生のお言葉・・・ちょっとお金はかかるけど(汗)、学童保育でもこの保育園のお世話になるのが息子には一番と思っています。

25日は園で仲の良いお友達を招いてのクリスマスパーティー。一番貧乏な我が家に集まるのは・・・我が家がもっとも駅に近く便利であるのと、我が家が相変わらず家具も少なくがらーんとしており(汗)子供たちが走り回るスペースがあるからでしょうか(笑)。夫はこういう時張り切って料理をし、子供たちと鬼ごっこしてパパとしての株を上げる。お友達のママもチキンナゲットやワインを差し入れてくれて、にぎやかで楽しい時間でした。ケーキは小さな一口サイズマフィン(30個入りで398円とかの)に、子供たち自身で生クリームやチョコペンで飾りつけをしてもらって食べました。うちの子はバクバク食べたけど、よその子はあんまり・・・(汗)ちゃんとしたケーキじゃないとお口に合わなかったんでしょうか・・・(泣)。

お金もないし、家も狭いし、車もないし・・・でも、交通が便利な駅前に住み、日当たりの良い小さなマンションでエアコンも使わずお金も使わずのこの生活、そんなに悪くないと思ってます・・・でも何かそう言うと夫失業してもOK、貧乏でもOKみたいに夫に誤解されそう。もちろん、夫にちゃんと仕事して貰いたい、もう1人子供養えるくらいになって貰いたいんですけどね。
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# by xiaozhuzhu | 2010-12-26 12:28 | 2010年(5~6歳)の日記
2010年 12月 10日

近況

夫・・・また失業しました。

毎朝、晩ご飯の下ごしらえをして、自分の弁当作って、子供が弁当の日は子供の弁当も作って、子供を保育園に送ってから出社。恐らく他の人の1.3倍のスピードで仕事を片付け、「もう帰るの?」と言われながら(笑)、ほぼ定時で退社し保育園へお迎え。たまに遅くなるような事があると子供はひっくり返って怒るんです(泣)。「おなか空いたー」「おやつ食わせろー」と喚く子供を宥めながら洗濯物を取り入れ、夕食を仕上げて子供と夕食をとる。「これ嫌ーい」「こぼれちゃったー」「マヨネーズがないと食べれなーい」といっこうに落ち着かない。食べ終わった子供の手や服の汚れを拭き、机を拭き、床を拭き、台所の後片付けをし、保育園から持ち帰った汚れ物を片付け、明日の持ち物を揃え終わった頃・・・夫はようやく帰宅し、子供がギャーギャー喚く中私が必死に作った夕食をTVを見ながら1人悠々と食べる。そのくせ非正規社員なので月収は僅か。それでも「仕事があるうちは仕事を辞めたくない、家事と子育てはお前がやれ」と言い続けてきた夫。失業した途端、「お前が正社員になればいい」と言う。そのくせ、夫はまた次の仕事が見つかれば収入がどんなに少なくても「俺は仕事があるから」と家事も子育ても全て私に押し付けるのだ・・・。だから正社員になったところで負担が増えるのは私だけ。だから正社員意なるべきかどうか本当に悩んでしまう。悩んでいるうちにまたしても夫が失業してしまった・・・。

夫、今度の仕事は11ヶ月しか持たなかった・・・。

さて、そんな夫ですが、お金もないのに10日間も中国に帰ります。夫だけ10日間も自由気ままに遊んでるなんて何だか許せなくて、私と息子も5日間だけ同行することにしました。久しぶりに上海のおじいちゃんとおばあちゃんに息子を会わせたいし。でもそれでもちっとも気分が晴れません。上海の両親の前でもきっとずっと不機嫌なままの私のことでしょう。ましてや夫が上海の両親にお金でも渡したら(前回はずいぶんな額をプレゼントしてましたが)、その場で泣き喚くってアリですよね?!
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# by xiaozhuzhu | 2010-12-10 21:10 | 国際結婚2010年の日記
2010年 11月 20日

4年後

2010年11月16日(火)
2006年10月16日に川崎病を発病して4年。
県立小児医療センターにて年に1度のフォロー検査。
今年はエコーと心電図。相変わらず検査しながらアニメが見れるというお子様仕様な小児専門病院に感服。子供がぐずぐずしてても看護婦さんも検査技師さんも優しいし。

最後に医師がエコーの画像を診て「異常なし、フォロー検査は今年で終了」とのお墨付きをいただきました。小学校から預かった「学校生活管理指導表」にも「運動制限なし」と記入して貰いました。プールもマラソンもOK!!

元気になって、後遺症も残らなくて本当によかったです。
保育園の先生に検査結果を伝えたら、そもそも検査に行った事が驚きな様子の先生(笑)。
「だって、息子さんものすごい元気ですよね・・・」
・・・そうですけど。
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# by xiaozhuzhu | 2010-11-20 10:26 | 川崎病になっちゃった!