2011年 12月 31日

第幾個100天

2008年のクリスマスに旦那様が失業して以来、とってもとっても大変な日々でした。そして旦那様の仕事は未だちっとも安定しません。
それでも、もしも旦那様が林俊傑のこの歌↓みたいな心境でいてくれるなら・・・何とかやっていけるのかなって最近は思ったりしてます。・・・無理か?(笑)

我 把愛鋪成藍天
讓不安的妳 一抬頭就看得見
我 把心燒成火焰
讓怕黑的妳 擁著溫暖入眠

我曉得 時間如雪 有時候會覆蓋一切
但是真愛 一如倔強會重生的綠葉

第幾個一百天 還是很有感覺
用眼睛去素描 妳內心的世界
第幾個一百天 也像剛熱戀
兩個人手一牽 連命運都改變

曾有的敏感脆弱
在我的胸口 妳就躺下來別說了
將有的固執沖動
我也會擁抱妳安撫著體諒妳心疼著Wooh ~Wooh~

第幾個一百天 越來越有感覺
用眼睛去素描 妳內心的世界
管過多少一百天 也像剛熱戀
兩個人手一牽 連命運都改變
當守護變信念 連淚水都很甜

動画もこちらから見れます→第幾個100天
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# by xiaozhuzhu | 2011-12-31 16:00 | 国際結婚2011年の日記
2011年 12月 30日

さんすうオタク

息子は学校で大きなトラブルを起こすこともなく、とても順調に1年生生活を送っています。
それでも10月ごろ、担任の先生と養護学級の先生と私の3人で話し合いの時間を作ってもらった事があります。担任の先生の「発達障害」や「自閉症」への理解の薄さが気になっていたからです。
養護学級の先生は「自閉症」の子供の特性をよくご存知でした。息子のほんの少し不思議な行動の根底に「自閉的傾向」のある事を担任の先生にも分かるように話してくださいました。担任の先生は後で「とても勉強になった」とおっしゃってくださいました。
恐らくその話し合いの前までは担任の先生には息子のどこが変なのかあんまり分からなかったと思います。むしろ勉強の良くできる子供にしか映らなかったかも。給食を食べないのもただの我儘に思われていたかも。息子の障害を他の人に分かってもらうのってやっぱり難しいものだと痛感しました。

2学期末、マイコプラズマ肺炎を患った息子は1週間ほど学校を休みました。終業式の日に色々と荷物を取りに学校に行きました。担任の先生が自ら通知表を手渡してくださり、思いがけず出来のいい息子の成績にびっくりしました。ABC三段階評価で「A」は滅多につけないと担任の先生がおっしゃっていたのに、「A」がいくつもありました。

6月から始めた公文の算数は、あっという間に筆算のかけ算を終えて今はわり算を解いています。小さい時から数字の大好きな息子にとってこれほど楽しい習い事はないようで、やめたいとは一言も言いません(笑)。学校ではようやく繰り下がりのひき算など習ってますから、学校の授業は退屈なのでしょうけれど授業の妨害はしていないようでホッとしています。
計算プリントや計算カードなどの課題をクラスの誰よりも早く解いて褒められるので、本人はとても得意気です。特技があるって、それを周囲に認めてもらえるのっていい事ですね。その自己肯定感が息子を大きく支えてくれ、息子はとても落ち着いた毎日を過ごしています。

国語は唯一マイナス評価のついた学科でした。息子にとって、物語の感想などを皆の前で発表するのは到底難しい事です。しかし先生から見ると、漢字やカタカナは一度覚えたら忘れない息子が、絵日記など上手に書けている息子が、いざみんなの前で発言するとなるとモジモジ、グズグズ・・・言葉足らずにモニョモニョ話すのは奇異に映るのかも知れません。「話す・聞く能力」の欄に「C」とつけられていました。確かに苦手ですけど(笑)。

生活科は社会と理科を足したような教科でしょうか。科学的な事に感心の強いアスペルガー児はこちらも得意です。あさがおや生き物の観察日記などは、とても詳しく上手に書けていて驚きました。また、話すのが苦手な息子ですが、感じたことを文章にするのは得意である事にも驚きました。

体育も音楽も、優秀とは言えないものの(笑)きちんと集団行動できています。1人だけ違うことをしていた3歳の頃から考えれば本当に成長しました。

「におい・味に敏感」で「偏食」なアスペルガー児。給食は本当に食べられなくて苦労しているようです。いつも半分以上を残すので、毎日夕方になると「おなかすいた~」と言っています。これもいつか克服してくれるのでしょうか。

1年生のクラスメート達・・・まだまだ幼くてかわいいです。息子がコミュニケーション能力にハンディキャップを抱えていてもあまり目立ちませんし、お友達も気づいていません(笑)。周囲のお友達がうんと成長する時、息子も一緒に成長できるといいなと思っています。きっとそうなって欲しいです。
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# by xiaozhuzhu | 2011-12-30 11:23 | 未来のエジソン君
2011年 10月 29日

久しぶりにやってくれました

お久しぶりです。たくさん書きたい事があったのですが更新できないまま今日に・・・。

1年生の息子。毎日2つずつ漢字を覚えて帰ってきます。その日習った漢字を練習するのが毎日の宿題。昨日は「犬」と「早」を習いました。ノートに何度か「犬」と「早」を練習し、その後ろに短い例文を付けます。息子の作った例文・・・「お早う」「早おき」「早くしぬ」(汗)
今日、先生が添削して帰ってきたノートには「早くしぬ」の横に「かきなおしなさい」と書かれていました・・・やっぱりね・・・。
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# by xiaozhuzhu | 2011-10-29 00:19 | 未来のエジソン君
2011年 07月 12日

公文にハマる

集団生活が苦手で「学校の授業が退屈だ~」を繰り返す息子のために始めた公文。
私の予測通り・・・息子、ものすごくハマッています。今はまだ「くり下がりの引き算」のレベルで、息子には物足りない内容ですが、少しずつステップアップしているのを進度表と見比べて喜ぶ息子です。きっとゲーム感覚でレベルアップしていくのを楽しんでいるのでしょうね・・・。

学校から持ち帰った「あさがお観察日記」にも数字が並びます。種を7粒植えたとか、茎が13cmになったとか、肥料を20粒ほど播いたとか・・・超客観的な観察日記(笑)。

1学期は大きなトラブルもなく、隣の席に座っている女の子の世話になりながら(「今は○×の教科書出す時間よ~」とか言われている模様)、何とか無事に過ごせたようです。息子よ、よく頑張った!
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# by xiaozhuzhu | 2011-07-12 23:44 | 未来のエジソン君
2011年 06月 21日

事件

息子が学童の先生の髪の毛を切ってしまいました・・・。
その理由「なんとなく」。

学童と言っても、息子が通っていた保育園に併設された卒園児の為の学童ルーム。どっちかと言うと幼馴染の集まりみたいなアットホームな学童で、息子はとってもリラックスして通っています。
で、そこの先生の1人がとりわけ息子を可愛がってくれていたのですが・・・その先生が油断している隙に息子がたまたま手にしていたハサミで髪を切ってしまったのだとか。

他の先生が床に落ちている髪の毛を発見し、事が発覚。2年生の女の子達が「髪を切るなんてひどーい」と息子をなじったので、息子もようやく事の重さを自覚・・・。しかしその後ちょっとしょんぼりしていた息子は突然寝たとか(汗)。

とにかく先生には私からもよく謝って、先生もそんなには気になさっていなくて、学童ルームの主任の先生からは「私どもも不注意だったんですから」と慰められ、事件はおさまりました。
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# by xiaozhuzhu | 2011-06-21 22:31 | 未来のエジソン君
2011年 06月 06日

分数の足し算

四則演算、マイナスの概念、小数点、分数・・・これらは息子が4歳の頃にはすっかり理解できていたもの。だから小学校のさんすうの授業が息子にとって退屈なのは良く理解できる。
そこで、息子を公文に通わせる事にした。好きな事に没頭して、好きな事がさらに得意になれば、息子の毎日も楽しくなるかなと思うので。

公文教室は学童教室からも近く(徒歩3分)、慣れたら学童の時間内に行って帰ってくる事もできそう。初回は仕事を早退して私が付き添った。息子は「繰り上がりの足し算」あたりからはじめる事になった。公文の特徴は早くたくさん解くこと。10枚(約220問くらい?)のプリントを10分以内に解くのが目標。分数も理解できる息子には物足りない内容。でもやってみるとスピードが追いつかない。教室では20分以上かかった。
1日あたりプリント10枚が宿題として出される。昨日は自分が思っているようなスピードで解けずに解きながら泣き出す息子。そんな息子の姿を見て「何だ、普通の子供みたいなところもあるんだな」と思わず笑っちゃう私。

・・・ところが、その後1人考え込む息子。そして「ママ、4分の1+8分の1って、8分の3?」と突然分数の足し算を始めました!!!分母の同じ同士の分数の足し算は教えた事があったような気がしますが・・・分母の違う分数の足し算はこれまで教えた事はありません。自分ひとりで分母を揃えて足し算するんだって事を思いついたようです。ビックリ!!!

あんまりビックリして、褒め称えたので、それで公文のプリントを解くのに時間がかかったことで傷ついたプライドはどうやら取り戻せました。やがて息子の数学頭脳についていけなくなる日が近い事をひしひしと感じた母でした。寂し~い!
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# by xiaozhuzhu | 2011-06-06 23:20 | 未来のエジソン君
2011年 05月 14日

手を挙げた

水曜日は家庭訪問で、本日金曜日は授業参観。小学校って忙しい。

アスペルガーの息子が小学校に馴染めるかどうか・・・とっても緊張しながら見守ったこの1ヶ月でしたが・・・それはただの取り越し苦労だったかも?!って思うほど、息子は楽しんで学校に通ってくれています。ヨカッタ。ホッとしました。

未来のエジソン君は隣の席の女の子と仲良くなり、その子とのおしゃべりが楽しいので学校が好きになりつつあるようです。「勉強なんかしないで○○ちゃんと思いっきり遊びたい♪♪」などとおませな発言。まあ、何であれ元気に楽しく学校に通ってくれればそれでいいんですけど。

担任の先生には息子がアスペルガーである事は伝えてありましたが、先生とその事についてじっくり話すのは水曜日の家庭訪問がはじめてでした。先生は特に授業をやりにくいと感じたこともなく、息子を普通の子供と同じだと感じていると言っていました。それはとてもありがたいことですが、「もっと好き嫌いをなくした方がいい」とか「もっと大きい声で発言した方がいい」という先生の発言に、「それは障害のせいで努力しようとしてもどうしようもない」という部分への理解がないのだな~と感じたりもしました。先生には「今は息子にとってその環境が安心で好きになれる環境かどうか見極めている時期で、今息子に色々努力させようとするよりは、その環境を好きになれるように仕向けて欲しい」と伝えました。

今日の授業参観は算数。みんな手をハーイと挙げて、当てられると嬉しそうに発言しています。前半は1人だけ全く手を挙げなかった息子。後半、突然手を挙げました。先生に当てられるとやや小さめの声ではありますがきちんと発言していました。私が望む100点満点をはるかに超える息子の姿でした。息子はいつの間にか私の手からすっかり離れて、自力で障害を克服する力を身につけつつあるのだと感じました。
小さい時からの息子との色んな事を思い出しました。息子の障害が分かってから息子に何かを求める事はやめ、ただただ息子と楽しい時間を過ごすように心がけて・・・もちろんそれでもはじめの内は、息子がこだわって、泣いて暴れている時間の方がはるかに多くてとても苦しい毎日でした。息子と楽しい毎日を送れるようになってからも、保育園で1人だけ違う事をする息子を時々さびしい気持ちで眺めていた私でした。
それがいつの間にかすっかり成長して、自分から手を挙げて発言するようになるなんて!今日は本当に誇らしく嬉しい1日でした。
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# by xiaozhuzhu | 2011-05-14 01:05 | 未来のエジソン君
2011年 04月 16日

ストレスと戦うエジソン

金曜日が入学式で、月曜から本格的に小学校生活の始まりでした。
入学式で配られた教科書の中で息子が自ら手に取って見たのはもちろん「さんすう」の本。「え?こんなに簡単?」とショックを受けていました(笑)。
毎朝8時過ぎに登校して、10時半か11時には下校。その後は学童の先生に迎えに来てもらって、夕方私が迎えに行くまで学童で過ごした1週間。

月曜日 さすがに疲れたのかいつもよりうんと早く就寝
火曜日 「なかなか勉強が始まらないことにイライラした」と学童で他の1年生とケンカ
水曜日 比較的ご機嫌
木曜日 体調不良で授業中にトイレで「大」を・・・(汗)
金曜日 学童でひたすら不機嫌。「ひらがなの練習が単調すぎてイライラした」とか

息子は早く算数セットの「おはじき」や「数え棒」を使った授業が受けたいようです。これまで知らなかった難しい事を早く先生から教わりたいようです。が、もちろん最初っから本格的に授業が始まるわけでもなく・・・息子のイライラは当分続きそうです。それでも「勉強が本格的に始まれば学校が好きになるかもしれない」と健気な息子。母は涙が出そうです。

そして、土曜日の今日、息子は珍しく椅子から落ちて頭を打ちました。腫れてきたので病院を受診しましたが、幸い大事には至りませんでした。帰宅して、2年生からの入学プレゼントである「あさがおの種」を植えていると、いきなり叫び声が。今度は転倒して足の爪が剥がれました。親指の爪が半分程度割れてそこだけ内側が出血しています。月曜日に病院に連れて行かないと駄目そうです。

反射神経がとてもいいので滅多に怪我をしない息子のはずですが・・・今日はどうしたんでしょう。やっぱり疲れとストレスが溜まっているのでしょうかね。
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# by xiaozhuzhu | 2011-04-16 19:17 | 未来のエジソン君
2011年 04月 10日

1年生

仕事がとても忙しくてなかなか更新できませんでしたが、
3月26日には保育園の卒園式、4月8日には小学校の入学式。
とうとう1年生になりました。

10日ほど保育園を休んで、卒園式の前日に三重から戻ったばかりの息子。久々のお友達に会うととても嬉しそうで、やっぱり息子の居場所はここなんだと思いました。息子ももう三重には戻らないと言いました。
そして卒園式では思い出がたくさん蘇えって、時々涙がこぼれました。大声をあげて大泣きするお母さんもいました。でも、その気持ち分かります。素敵な保育園と先生とお友達。お別れするのはとても寂しいです。

4月8日の入学式では、通りすがりの人に何度か「入学式?」と声をかけられました。地震や停電で暗い気持ちの毎日だったので、そういうやさしさが心に沁みました。地元の小学校に通うことを、地元の人たちが温かく迎え入れてくれているのだと思いました。
都会ですが、駅前で商店が多いため、住んでる人は意外と少ない地元S町。新一年生はたった78人3クラス。少人数で大人の目の行き届いた学校です。
しかし、教育熱心だった校長先生は4月から入れ替わってしまい、保育園と校長先生とで事前に話し合われた息子への対応は…どうも引き継がれなかったようです。発達障害である息子に配慮して、同じ保育園の子と同じクラスにして貰うはずが・・・同じ保育園の3人はそれぞれバラバラのクラスに(汗)。担任の先生は3クラスの中では一番ベテランそうな先生ですが・・・果たして発達障害である事を担任の先生にきちんと引き継がれているのでしょうか??まさか校長先生が入れ替わったから何も引き継がれてないなんて事ないでしょうね・・・。

さて、息子は知らない子供達に囲まれてカチコチに緊張していましたが、パニックにはならずに何とかやってました。下校時には別のクラスになってしまった保育園のお友達を必死に探していました(笑)。息子に「友情」という感情がきちんと育っている事に安心しました。新しいお友達と仲良くなって、小学校が楽しい場所になれば、きっと上手く馴染んでくれると思います。頑張れ息子。
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# by xiaozhuzhu | 2011-04-10 09:31 | 2011年(6~7歳)の日記
2011年 03月 16日

被災地の方々には申し訳ない

つらい状況で寒さと食糧不足に耐えていらっしゃる被災地の方々には申し訳ないのですが、原発の報道と計画停電、スーパーの品薄状態にはかなり参っています。

日本で今一番問題なのは電力不足とガソリン等の不足でしょうか。

地震以来スーパーもコンビ二も棚はガラガラです。何かが新たに入荷してもすぐに売り切れます。しかも計画停電の影響で終日閉店か開店時間が短縮され仕事をしていると買い物ができないのです。計画停電とは言え、その区分は大雑把で、我が家は2つのエリアの対象となっており、一体いつ停電するかよく分かりません。食材不足といつ来るか分からない停電のため食事の用意も普段どおりにはいきません。
そして保育園も保育時間の短縮を始めました。仕事をしているとお迎えに間に合いません。

職場の停電時間は自宅の停電時間とはまた違います。停電時間は実際には停電しなくても職場のサーバーはシャットダウンされるので、仕事に支障が出ます。
しかし、仕事はいつもより忙しいのです。焼肉チェーン店(震災後も営業し続けています)の食材を調達する部署にいる私、コンビ二でも品薄の今、食材調達は至難の業です。そして、調達できてもガソリンがないのです。ガソリン不足は輸入にも支障をきたす程度になってきました。外国から荷物が届いても、港から国内に運ぶためのガソリンがないのです。港には荷物が山積みで、新たに来る船は入港できず、次の船は外国を出港できません。日に日に深刻になる状況で、日本という国がもう元には戻れないのではないかという悲しい気持ちに襲われながら仕事をしています。

帰宅途中に見るのは、いつもより暗い街です。ほとんどの店舗が閉まっているか節電していて、とにかく暗いのです。今日は最寄り駅の反対側のエリアが停電していて真っ暗で、それを見て泣きそうでした。空を見上げると皮肉にも普段は明るすぎて見えない星がいくつも見えました。日本の経済はこうして萎縮したまま、ただ衰退していくのでしょうか。

仕事がハードになったのに、保育園の保育時間は短縮され、停電や食材の確保にも困っているので、息子をしばらく三重の実家に預ける事にしました。福島の原子炉も気になりますし。とっても寂しいです。ほんの1週間ほど前の日常がとても遠い事のように思います。

外国人の日本脱出も報道されていますね。夫の同僚も半分は仕事を放り出して帰国しました(笑)。しかしまあ、このまま経済が停滞すればいずれは夫も私も失業するのは目に見えているのですから・・・。

首都圏ですらこの混乱ぶり。今回の災害の大きさを思い知らされます。被災地の方々のご苦労を思えば贅沢な悩みかも知れません。それでも原子炉の事故の報道と、日本の復興への不安、仕事も日常もこれまで通りにいかなくなって、とうとう息子と離れ離れになった現実に平常心ではいられません。

息子は放射性物質が漏れる事故の発生したことを理解しています。「直るの?直せるの?」と聞いてきます。「分からないんだって」と伝えると「どうしてそんなもの造ったの?」とも言っていました。

自宅から東京駅まで、レインコートを着てマフラーを巻いて、普段は嫌がるマスクをして夫に手を引かれて旅立った息子。後からその写真を夫に見せられて思わず笑っちゃいました。電車の中で目立ったろうな~。
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# by xiaozhuzhu | 2011-03-16 22:03 | 国際結婚2011年の日記