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2008年 10月 29日

やってくれますとも!その①

私の父が亡くなった為、三重の実家に1週間ほど帰省していたのですが・・・未来のエジソン君にとってはそれはそれはストレスフルな1週間だったようです(笑)。

父の容態が急変した知らせを受け、急いで荷物を纏めている間に父はあっけなく亡くなってしまいました。まだ実感の沸かなかった弟と私ですが、息子を連れて3人で同じ電車に乗って帰りました。実家の最寄り駅に到着したのは夜10時ごろだったと思います。私の弟、つまり息子にとっての叔父さんのことが大好きなので大はしゃぎだった息子・・・ところが駅に到着した途端「帰る!帰る!」と言い出しました(笑)。迎えに来ていたのが私の母(息子にとってのおばあちゃん)ではなくて、母の姉だったこともありなにやら異様な雰囲気をすぐさま嗅ぎ付けたようです。そういう勘はものすごく働きます。野生の狼みたいだって思います(野生の狼をよく知らないですけど)。
車の中で「降ろせ!降ろせ!」と騒いでいた息子、車を降りた途端に実家とは逆方向の夜の暗闇の中に走っていってしまいました。私の実家に何か異変が起こっていると察知して家に入ろうとしないのです。寒さと恐怖でブルブル震える息子。そして30分ほど宥めてようやく家に足を踏み入れた途端、鼻を押さえてまた家を飛び出した息子(汗)。あ、忘れていましたが息子は臭覚に異常に敏感で線香のにおいは大の苦手だったのでした。なんとか息子を引きずり入れて、線香のにおいのしない2階の部屋へと連れて行きました。その日はその部屋から一歩も出なかった息子。ワーワー泣いて、泣きつかれて私に抱っこされたまま眠ってしまいました。父の遺体に対面し、集まってくれていた親戚にあいさつができたのはその後でした。あ~私何しに帰ってきたんだろう・・・って思いました(泣)。こうして私は役に立たない長女として実に肩身の狭い1週間を送ることになりました(泣)。

翌朝は朝起きるなり、またまた玄関から逃走。「においがある」と言って家に入りたがらず、朝ごはんも食べません。仕方がないので家の外にパンを持っていってパンを食べさせていると近所の人が集まってきました・・・(汗)。もうどうにでもなれ~という心境の私。

近所の人に囲まれながらパンを食べていると、以前に帰省したときに遊んでくれた子がやって来ました。前回はその子に慣れるのに3日もかかった息子・・・それなのにその日はどうしたことかあっさりとその子に付いて行き、挙句にその子の家に上がりこんでしまいました。息子にしてみれば「線香くさいし、知らないジジババの集まっている家よりも、ちょっと苦手だけどこの子の家に上がりこんだ方がマシ」と思ったらしいです。近所の家に上がりこんだまま出てこないので心配でしたが、子供同士それなりに楽しそうでした。そして事情を察してくださったこのご近所さんに昼食までご馳走になった息子・・・(汗)。

午後はいよいよお寺にて通夜の儀式・・・もちろん息子は会場に一歩も入らず。私とて通夜に参加しないわけにもいかず、伯母が代わりに息子の面倒を見てくれました。お寺の境内でどんぐりを拾って遊んでいた息子。もちろんご飯は外で食べました。もーいい加減建物に入って~!!!

・・・こんな調子で線香をひたすら避けて1週間過ごした息子。ここまで来るとアッパレです!!!色々事件も起こしてくれました。本当にやってくれます。

続きはまた今度!
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by xiaozhuzhu | 2008-10-29 00:23 | 未来のエジソン君
2008年 10月 27日

父の他界

父が亡くなり、しばらく実家の三重で過ごしておりました。決して仲の良い家族ではなかったけれど、父がガンと分かってからはなるべく父に良い思い出を残してもらおうと過ごしてきた5年間。人一倍死を恐れていた父が5年もその恐怖と闘ってきたことに「がんばったね」と言ってあげたい、そんな気持ちです。
それにしても田舎の葬儀って本当に大変です。親戚縁者が多いのでそれなりに盛大な式(呼ばなきゃならない人が多いんです~!あまりにも多いんです~!)なのですが、その親戚の人間関係がドロドロしすぎて気分が悪くなってしまいました。それでも父も母も他の人と同じようなお葬式をして、親戚の人に型どおりのお悔やみを述べてもらうことが幸せだという考えなので、なんだか私もこの一週間は開き直って型どおりの返答をひたすら繰り返していました。

今とっても寂しい気持なのは、父が亡くなったからではなく、父の死を心から悲しむ人が誰もいないということです。私と弟が小さい時からずっとずっと仲の悪い家族でしたからそれは仕方のないことですが、とても寒い気持になります。私たち家族の歴史ってなんて重みがないんでしょう。振り返って懐かしむ思い出も何一つありません。その事実があまりに寂しい。
私が死ぬ時は形式だけのお葬式など要らない、家族が私の死を悲しんでくれればそれでいいととても強く思いました。夫と息子を大切にしようと心から思いました。日本のお葬式など見るのも初めての夫はひたすらビックリ。でもお互いに「葬儀は不要、ただ火葬にしてくれればいい」という意見で一致(笑)。ちょっと変ってる夫と息子だけどその存在に大きな安心感を覚えました。

それからこの一週間私を慰めてくれたのは形式上、毎朝唱える「般若心経」の教えです。私は仏教徒でもないですし、意味を知ったのは初めてです。でもなかなか共感できます。

以下、「般若心経」の現代語訳より一部抜粋

この世の中は、すべての形のあるもの(現象世界=色)と、感じること(感受作用=受)、想うこと(表象作用=想)、意志の力によって行うこと(反応=行)、目や耳、口などから受ける刺激を考え、認識すること(判断=識)、これらの5つの集まり(=五蘊・現象世界+精神的世界))によって、成り立っているのだ。そして、そのどれ一つとってみても、変化し滅びる性質を持っているので、永遠不滅のものはないのである。

この意味が解るなら、どんな苦しみも困難も消え失せるのだ。

心の世界についても同様で、楽しいと感じたり、赤いものを「これは赤いものだ」と見たり、お腹が空いたので食事をとったり、目、耳、鼻、舌などから受けるものを、「きれいな花」とか、「鳥の声」、「赤ん坊のにおい」、「にがい」などと感じ、想像し、判断することも、これまで生きてきた間の、自分自身の経験や知識から、あれこれ導き出された、一瞬の幻覚のようなものなのだ。つまり私たちの生活すべてにおいて、どれ一つとっても、それは永遠不変の実体ではない。

例えばあなたの「心」について言うならば、「心」が生まれたり、死んだり、汚れたり、きれいになったりする、ということは、言い方や行動として表れることはあっても、「心」というものが実体として、目の前に出ることはない。

形のあること、感じること、想うこと、意志の力によって行うこと、認識すること、これら五蘊は、「空」であり、 また、目、耳、鼻、舌、からだ、心、これら感覚器官は、一個人の姿形として、仮に現れたものであるし、色、音、におい、味、触るもの、一切の物事、これらの要素も永遠の実体ではなく、幻のようなものなのだ。

目に見える世界も、(同様に耳界・鼻界・舌界・身界も、)また、心の中で感じたり、判断したりする領域も、すべてが空である。

さらには、煩悩や無知というものも、絶対的なものではないのだから、「迷い」から抜ける、抜け出せない、という判断基準などあるはずもない。「さとり」とか「迷い」ということにとらわれなければ、「迷い」に「入る」とか、「入らない」とか、「さとった」、「さとらない」という考え方そのものが「迷い」であると気付くはずだ。

とらわれから抜け出せれば、「老いと死」という最大の苦しみからも解放される。また逆に言えば、老いや死といった苦しみは、尽きることなく表れるが、とらわれのない心の上では、それは苦しみの要素へと、変化しないでおけるだろう。

苦しみ(苦諦)や、その苦しみの原因を探すこと(集諦)、苦しみを抑制すること(滅諦)、苦しみを抑制してなくしていくこと(道諦)、これら「4種の真理の方法(=四聖諦)」にも、とらわれる必要はない。

智慧に執着しない、煩悩にも執着しない、さとってもさとりにとらわれない。とらわれを離れれば、得るという概念も、失うという概念も起こり得ない。そうして、いかなる場面においても、自身の力を発揮し、自由自在の働きで、苦渋の境涯にあるものたちを救済していこうと精進努力する。これが「空の教え」だ。

さとりを求め、苦渋の境涯にあるものたちを救済していこうと精進努力する人々(=菩薩)は、この般若波羅蜜多の教えを信じているからこそ、心が平安でいられるのだ。菩薩たちは、心を束縛するものがないのだ。とらわれや疑いといった、こころを覆い隠してしまうものがないので、何事も恐れることもなく、間違った知識や迷った心から遠く離れて、永遠なる心の平安の世界に住み続けているのだ。
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by xiaozhuzhu | 2008-10-27 23:59 | 国際結婚2008年の日記
2008年 10月 15日

シンプルに生きよう!

仕事がお休みの水曜日は息子も保育園に行きたがらず、結局保育園をお休みして二人で過ごすことが多いのだが、今日は珍しく保育園に行ってくれた!1時にお迎え」の約束だけど半日の自由時間はとってもありがたい!
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今住んでいるマンションは駅前のビル群の中のマンションだけど、ベランダ側には都会のオアシスのような小さな幼稚園があり、その向こうに数本の大きな木。この木にいつも癒される。そして幼稚園から聞こえてくる子供達の笑い声。

このマンションは新幹線も停車するターミナル駅から徒歩3分(でも駅の中を結構歩くから言うほど近い感じはしないのですが・・・)という立地が売りの若干狭い造りのマンションで、「ファミリー向けではなく単身者やDINKS向け」とハッキリ言われたにも関わらず購入してしまった私達・・・。先日行われたマンション住人同士の懇親会では全42戸中子供のいる家族はたった2戸・・・。「実はもう1人産みたい」という密かな野望はとても口に出せなかった(笑)。

でも3人で住んでも全然狭いと感じてない私達。川崎からこのマンションに引っ越す時、引っ越し業者に「単身者並みに荷物が少ない」と言われた程何もない我が家。夫が来日してすぐ子供が生まれ、当時はすごく貧乏だったから「何も買わない」日々が続き、そうこうしているうちにそれに慣れ、今では何にも欲しいものがなくなった(笑)。もともと貧乏だったから始めたシンプルライフ。でも実は環境にもやさしいエコ生活だと思う。貧乏だし夫が免許を持っていないから車もない。でも駅前に住んでるとそれでも生活できる。そして引越しを機にエアコンも捨てた。床暖房つきのマンションなので、きっとそれでも何とかなると思う(多分)。
「家が狭い、車もない、エアコンもない」と言うとかなり「エーッ」と驚かれるのだけれど・・・生きていけますぞ!十分。・・・ってことで、当分(できれば一生)続けますよ、このシンプル貧乏エコ生活。
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こんなにガラーンとしてるんだもの!もう1人くらい産んでも大丈夫でしょ!(←しつこい)
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by xiaozhuzhu | 2008-10-15 12:44 | 国際結婚2008年の日記
2008年 10月 09日

2年後

2008年10月9日(木)
2006年10月16日に川崎病を発病して約2年となる。実はもうすっかり安心していた。検査など安心の為に受ける形だけのものだと思っていた・・・。

さいたま市に引っ越したことで、2年前にお世話になった昭和大学横浜市北部病院に検査に行くのは距離的に厳しくなり、さいたま市周辺で小児循環器科のある病院を探す。川崎病は子供だけの病気、ただの小児科やただの循環器科ではなく小児循環器科でなければ100%安心はできないと思ったのだ。

こうして選んだ埼玉県立小児医療センター 。混んでる・・・待たされる・・・でも、小児専門の病院だけあってレントゲン室ではアンパンマンのエプロンした技師が手を振って迎えてくれる。ともかく誰もが子供の扱いに慣れている。はじめての病院では大暴れの息子がとっても大人しく検査を受けたことに感動。「ママ、ボク泣かなかったよ、エライ?」などと聞いてくる。成長したな~息子。

こうして心電図、レントゲンを終えて、医師によるエコー検査が行われた。看護士含め4人ほどがモニターを真剣に覗いている。その丁寧さに違和感を覚える私。不吉な予感。

エコーを終えて医師から診察結果が伝えられる。事前に2年前からの経過を書いた紙は渡していたのだが、改めて医師から2年前の状況を聞かれる。息子は典型的な川崎病の症状で入院したのに(不完全な症状しか現れない子も多い)、なぜかあっさり熱が下がった為川崎病の特効薬のようなガンマグロブリン投与をしなかった。ガンマグロブリンは血液製剤であり使うことにある程度のリスクも伴うため、熱が下がった以上は無理に投与はできない。その判断は間違いではなかったと思う。しかし・・・何となくそのことが引っかかる様子だった当時の医師の姿が蘇る。そして今日の医師も。
「エコーの結果は問題ありません」そして一呼吸置いてから「でも心電図は異常Q波なんですよ」と。

なんと!2年も経過してから突然そんなことを言われるなんて!川崎病の何て恐ろしいこと!

ところで異常Q波とは心筋梗塞の既往がある人などの波型変化うちの一つ(息子は心筋梗塞などになったことはありませんよ!もちろん)。他の異常波型がそろって観察されるようであれば冠動脈の動脈硬化や血栓疑いが濃厚となる。しかしQ波のみではその可能性は低い。だから異常Q波でもエコーで異常がなければまず問題はない。今のところそれほど心配は要らない。ただ医師からは「必ず年に1度は検査しに来て下さい」と念を押されただけ。食事も運動も何の制限もない。

原因不明、因果関係も不明。だけど冠動脈瘤という後遺症を発生させる危険のある川崎病。2年前、息子は冠動脈に何の異常も起きなかった。だから本当は心電図の異常Q波はありえない。何かの間違いであって欲しい。それともまさか今更息子の冠動脈に異変が起こっているのだろうか・・・。改めて川崎病の怖さを知った。
毎日を楽しく過ごそう。そして来年の検査で問題ない、健康だよって言われるように信じている。
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by xiaozhuzhu | 2008-10-09 23:59 | 川崎病になっちゃった!
2008年 10月 08日

IH

息子は相変わらず数字に関しては記憶力抜群、そのくせ家中を走り回り、あちこちぶつかり、物を壊し、色んなことに癇癪を起こしています(笑)。そういえば最近晩御飯の用意を色々手伝ってくれるようになりかなり助かっています。これまでほとんど料理の邪魔ばかりしていた息子だったのに・・・。
新しいマンションはオール電化住宅なのでガスではなくIH。火力が数字で示されます。数字オタクの息子は大喜びでボタン押しまくり。こういうことで役に立つこともあるんですね、息子の数字好き。
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by xiaozhuzhu | 2008-10-08 02:27 | 2008年(3~4歳)の日記
2008年 10月 07日

マウス復活

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自閉症の子供の特徴的な傾向として「意味もなく物を一列に並べたがる」というのがある。息子も何でもかんでも一列に並べる。マクドナルドで貰ってきた紙ナプキンが床の上に綺麗に一列に並んでいたりするので笑える。そして息子は時には一列ではなく何か幾何学的な模様を作ることもある。ふと見るとこんな風にテーブルの上にCDの模様が・・・。




で、CDと言えば、またラジカセが壊れました~。ハイハイしはじめた頃からCDラジカセが大好きな息子、押したり叩いたりしてこの4年間で何台壊したことでしょう(少なくとも6~7台かな)・・・と思ったらいつの間にかデジカメも壊れてる~(泣)。犯人はもちろん息子。メカ系は何でも大好き。もちろんパソコンだってスイスイと操作してます(とても3歳と思えな~い)。が・・・いつの間にかマウスが動かなくなってるではないかっ!!!
家中の家電を破壊し続ける息子・・・(汗)。私としてはいつパソコンが壊されるのかとヒヤヒヤです。在宅翻訳者(あくまで副業ですが)のパソコンが常に3歳の子供のおもちゃになっていていつ壊されるか分からないなんて・・・いいんでしょうか、そんな事で(汗)。

ちなみに息子はパソコンでお絵かきなどしております。紙に描くよりこっちのが好きなんだそうで・・・。

「マウスがないとパソコンが操作できないのはど素人の証拠だ」と夫。マウスなしでも余裕で操作してます。一方私はマウスがないとブログの更新すらできず(ど素人ですとも!)・・・本日ようやくマウスを購入してようやく、ようやくブログUPできました。
は~それにしても息子の破壊力、ここに来て突然さらなるパワーアップを遂げたような・・・。
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by xiaozhuzhu | 2008-10-07 23:59 | 2008年(3~4歳)の日記
2008年 10月 06日

その⑨ サリーとアン

引っ越したら図書館が近くなった。意外にもいつも空いている。家だとあまり集中して読み聞かせを聞いてくれない息子だが、図書館だとそれなりに聞いてくれている。もっとも物語風な内容のものは全く興味が持てず数字に関する絵本とか、色に関する絵本とか、文字のない絵本とか(私が空想しながら適当に説明)そんなものばかり。それでも本に親しんでくれるということはいい事だと思っている。
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物語で唯一最後まで聞いてくれるのが『よるくま』。くまの子と男の子が一緒にくまのお母さんを探しに行く物語。もう100回くらい読んだかな。息子もほとんど内容を暗記しかかっている。ところが最近、息子は突然怒り出すようになった。よくよく聞いてみるとこういうことだ。物語の最後に、くまの子は魚釣りをしているお母さんを無事発見できるのだが、息子は「くまのお母さんは魚釣りをしているんだから探さなくてもいいんだよ、早く魚釣りしてるところに行けばいいんだよ」と言うのだ。「でもくまの子はお母さんがどこにいるか知らないから一生懸命さがしてるんだよ」と私。するとお母さんが魚釣りしているページをめくって「ここにいるじゃないのっ!!!」とキレる息子・・・。

これを聞いて「サリーとアン」の話を思い出した私。

サリーとアンのテスト

1・サリーカゴを持っています。
2・アンは、を持っています。
3・サリーは、持っていたカゴの中に入れて、部屋を出ます。
4・アンは、そのカゴから出し、自分のに入れます。
5・を置いて、アンは部屋を出ます。
6・そこへ、サリーが帰って来ました。

問題:さて、サリーは、を出そうとしてどこを探すでしょうか?

このテストは、自分の視点以外(サリーの視点)に立てるかどうか、そして、サリーが持っている「は、カゴの中にある」という信念を理解できるかどうかをテストするもので、自閉症の人はなかなかサリーの立場になって答えることができないのだとか。もちろん息子も「箱っ」と元気よく断言していた(息子には絵を描きながらもっと分かり易く説明しましたよ、もちろん)。

なるほど、つまり息子はくまの子の立場でものを考えることができないのだ。くまの子がお母さんを探しても探しても見つからず泣き出すシーンも全く共感できないに違いない。どうりで物語という物語にはどれも興味がないはずだ。う~ん。どうやって息子にくまの子の気持ちを教えていけばいいのだろう・・・。なんだかちょっと寂しい気持ちになった出来事でした。

それにしても物語が大好きでストーリー性のある絵本ばかり読んでいた私の子供時代と全く正反対。一体誰に似たらこんなことに・・・と、試しに夫にサリーとアンのテストを出題してみると・・・「箱っ」って勢いよく答えてました(汗)。ええええ?あなたも自閉症なんっすかっ!?・・・いやでもそう言えば色々と思い当たるフシが・・・いやそれにしても・・・なんだか前途多難な未来を覗き込んでしまったようなそんな1日でした。
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by xiaozhuzhu | 2008-10-06 23:59 | 未来のエジソン君