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2006年 03月 31日

陣痛ウエルカム①

妊娠7ヶ月の時には産む病院も決まっていなかった私・・・。いい加減なものです。しかし息子はどんどん大きくなり、全然出産の心構えができていない私は正直、焦りました。あの痛そうな、超痛そうな陣痛&出産をどう迎えれば良いのか。そんな中、日本に来たばかりの夫と住む家を探し、家具を買い、なんとか生活する環境を整え、しばらく病院に行くのを忘れていた(汗)私は、近所の産婦人科にフラリと立ち寄りました。そこでマタニティヨガ教室の案内を見つけました。病院主催で週に1回、500円で参加できます。そろそろ出産に挑む体力をつけよう!という目的で参加したのですが、この教室を担当していらっしゃる助産師さんがとても素敵な方で、毎回ヨガの後その人の話を聞いているうちに、妊娠や出産に対する考えがどんどんポジティブになっていくのが自分でも分かりました。いまでもその方の色々なお話は心に残っています。そしてそのお陰でとても素敵な出産ができたし、この先もたくさん子供が欲しい、じゃんじゃん産んでやると思うようになりました(まあ、お金があればなんですけどね)。
私の文章力でその人の話の素晴らしさがどこまで伝わるか分かりませんが、ぜひ出産までに「陣痛さんウエルカム(その人がよくそう言っていたのです)」という気持ちになっていただきたく思っています。
まず、これは最近母親学級などでもよく読まれている詩なのですが、お腹の中の赤ちゃんがママとパパに話しかける詩をその人もよく読んでくれました。わたしがあなたを選びましたという詩です。
おとうさん、おかあさん、あなたたちのことを、こう、呼ばせてください。あなたたちが仲睦まじく結び合っている姿を見て、わたしは地上におりる決心をしました・・・
よく「子は親を選べない」と言うけれど、そうではなく、実は子供は親を選んで、このパパとママの子として生まれたいと思ってお腹に宿るのだという詩です。プレママのほとんどはこの詩の朗読を聞くと泣いちゃうんです。ひねくれ者の私は泣きはしなかったけれど、やっぱりいつまでも心に残っていて、いつの間にかこの詩の世界に影響され、今ではこの詩の通りだと思うのです。
息子が起きちゃいました。続きはまた今度。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-31 16:39 | 妊娠・出産体験
2006年 03月 30日

ろうそくの火

最近私の周囲では第一子、第二子問わず妊娠のおめでた報告が続いています。現在子育てにヒーヒー言ってる私ではありますが、新しい命の誕生はやっぱりすばらしいと思います。そしてその命の誕生には母である本人にも計り知れない色々な力が働いていると思います。強いて言うなら先祖の力?そんなことを感じたエピソードをご紹介しましょう。

私の妊娠が発覚したのは上海に落ち着いて2ヶ月ほど経過した時でした。ようやく観光客気分が抜けていよいよ本格的に上海で生活していかなくちゃ!と思っていた矢先の出来事で、と同時にそれまでは気付かなかった上海での生活の色々な不便さにイライラし始めていた時期でもあり、正直、どうして今?と思ったのです。当時は夫も仕事がとても忙しく、言葉に不自由はないはずなのに上海に馴染みきれていない私に対して不満を漏らしはじめた時期でもありました。夫にしてみれば「中国語が話せる=中国人として生活できる」はずだという思いなのでしょうが、私には「どうして中国人になりきれないんだ」と責められているように感じ、正直、中国語なんか話せなければよかったと思ったくらいです。そんなワケで私達は全然妊娠を喜ぶどころではなかったのです。私にはそれもショックでした。夫が全然嬉しそうでもなく、サポートも期待できない中、一体どうやって妊娠、出産を乗り切ればいいのか分かりませんでした。
夫がイライラしている原因は仕事以外にもうひとつありました。夫の姉の旦那さんがガンを患い、先が長くないと診断されていたことでした。まだ小学生の女の子が(今は中学生になりましたが)いるというのに、もう先が長くないなんて、本人も周囲もとてもつらい出来事でした。夫は事あるごとにお姉さんにお金を渡していました。しかし、私が妊娠してしまってからは、私は出産費用を貯金して欲しいと夫に要求するようになり、それについても夫とよくケンカしていました。でも、まさか無一文で出産、育児をしろと言われても、私だって困ります。夫にはなぜこの時期に妊娠したのかといつも責められているようで、私は本当にただの夫のお荷物だったのです。
私達の願いとはうらはらに、義兄(夫の姉の旦那さん)の病状はどんどん悪化していきました。わたしはつわりがひどくてお見舞いには行けませんでしたが、夫はお見舞いに行くたびにとてもショックを受けて帰ってきました。夫は私にも一緒に悲しんで欲しかったと思います。でも私は私の妊娠やつわりに夫があまりに無関心なことのほうがショックで、お互いがお互いに腹を立てていました。
ある日夫は夢を見ました。ろうそくが二本、弱い火が今にも消えそうです。夫は手を一振りしてその火をふたつとも消してしまいました。すると消えたはずの炎が今度はとても勢いよくボウッと燃え始めました。そしてろうそくのむこうに、いつの間にか義兄が立っていて夫に何か言っているのです。
夫はそこで目が覚めたそうです。ただ夢の話をしただけで、他には何も言いませんでした。でもそれ以来少しずつギクシャクしなくなったような気がします。いつの間にかケンカもしなくなりました。義兄はその後一月もしないうちに亡くなりました。
夫は何も言いませんが、私も夫も息子の命のなかには義兄の命が、あるいは先祖の多くの命が宿っていると思っています。私が突然妊娠したのは、義兄の死にたくないという強い気持ちの表れだったのかも知れません。そしてなんとなく、今でも自分が何かに守られているという安心感があるのです。

と言うわけで、また暇がありましたら、妊娠、出産にまつわる不思議な体験をお話しさせてください。ママになるみなさんへのプレゼントのつもりです(えっ?いらない?)。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-30 16:06 | 妊娠・出産体験
2006年 03月 28日

平和な午前中

桜が満開だ。子供が多くてバリアフリーなわが町、公園では桜の木の下で、大人も子供もきゃーきゃー騒いで遊んでいる。渋谷から電車で20分という場所に、こんな平和な世界があるなんて。
と、感動したのも束の間、息子は早速滑り台へと駆け寄る。息子はたった1歳5ヶ月、それでも自力で上りたがる。時々足を踏み外して、手すりにぶら下がってブラブラしながら「ぎゃー」と泣く。いや、ちゃんと手すりにしがみついて地面に落っこちないところが息子のすごいところなんだけど(羨ましいほどの運動神経だ)、万が一ということもあるのでいつも息子と一緒に滑り台に上る。上りきると息子はそのまま頭からすべり下りようとする・・・(笑)。たしかにそのほうがスリルがあるのかもしれないが、1歳5ヶ月には早すぎる。滑り台の頂上で暴れる息子を抱えながら方向転換してあげる。私には高所でのプロレスといった気分。そのあと、息子を支えながら一緒に滑る。息子はフラフラになるまでこれを繰り返す。
疲れると今度は階段のたくさんある小さな丘に登る。これも十分疲れると思うけど、階段を上ったり下りたりが楽しいらしい。しかしこれも上りはまだいいが、下りはタイヘン。やっぱり頭から転がり落ちたいらしく、階段の上からダイヴしようとする・・・(笑)。だんだん言うことを聞いてくれなくなり、「じゃあもうこの遊びはやめよう」と息子を抱きかかえると、泣いて大暴れ。
次は丘の斜面を駆け下りる遊び。もちろん1歳5ヶ月には早すぎるので手を引いてあげる。しかしそれが息子には気に入らないらしく、すごく怒りだす。あまりの息子の暴れように近くで遊んでいた5歳くらいの男の子に「だいじょうぶ?」と心配される(笑)。「じゃあ好きにしなさい」と手を離すと、息子は地面に寝転んで斜面から転がり落ちようとした。きゃー!タイヘン!と、息子を抱えるとまた怒る。いや、半端な角度の斜面じゃないよ、7歳くらいの子でも危険だよ、ましてや1歳5ヶ月には・・・。しかし息子は斜面に執着する。仕方がないので大好きな砂場へ泣き叫ぶ息子を抱えていく。砂場に座るとコロッと機嫌が直って遊びだす。ここにも5歳くらいの女の子が遊びに来ていろいろ世話をやいてくれる(砂のプリンとか作ってくれる)が、お陰で息子はどんどん砂に埋もれていく・・・。これ以上砂にまみれては・・・というところで帰る。もちろん息子は帰りたくないと抵抗。叫ぶ、泣く、暴れる、ママを蹴る。
でも帰りのベビーカーではぐっすり。うんそりゃ疲れただろう。私も疲れたよ。雨の日以外はいつもこんな毎日。
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ホントは桜を撮りたかったけど、その余裕なし。ずっと前に撮った花でガマン。↑
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by xiaozhuzhu | 2006-03-28 13:15 | 2006年(1~2歳)の日記
2006年 03月 22日

親子カット

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祝日なのにどこにも出かけられないのもつまらないので、ずーっと気になっていた息子の髪を切ることにした。
これまでは息子が寝ている隙などに自宅で切っていたのだが、最近は何しろ寝ないし、抵抗力も半端じゃないからとても自宅で切るのは無理と判断。素人が切ると結局長さもバラバラになっちゃうしね。そこで近所にできた子供専用美容院へ出かける。子供は3150円、大人のみもOKで3650円。親子なら6300円。

受付カウンターの前におもちゃコーナーがあって、息子は着くなり夢中で遊ぶ。その間に受付を済ませる。まずは息子。息子の椅子は車の形をしていてハンドルを動かして遊ぶことができる。椅子の前にはモニターが置かれていてアニメを見ることもできるのだが、息子は全然アニメに興味がないので、私は息子の椅子の横で息子をあやす係となる。美容師さんが髪を切り出すと息子は泣いて椅子から下りようとするが、私が片手で息子を押さえて、片手でおもちゃを持って息子と遊ぶ。息子が暴れようと、泣こうと、お構いなしにサッサと髪を切る美容師さん。さすが。
切り終わると息子を別の椅子に移動させて、服の中に入り込んでしまった髪をすごく丁寧に掃除してくれる。「髪の毛がチクチクすると子供は嫌がるから」だそうで、このサービスに私は感動。次は私のシャンプーとカット。息子は服の掃除が終わると、従業員さんに遊んで貰う。シャンプーも丁寧だったし、カットの後はマッサージもしてくれて、私は極楽気分。息子は従業員さんにすっかり懐いて楽しそう。最後にはおもちゃのプレゼントを頂いて帰る。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-22 08:40 | 2006年(1~2歳)の日記
2006年 03月 14日

要不要?

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上海での6日間のことを記憶が薄れないうちに書こうと思っていたのですが、なかなか時間がとれないでいるうちに随分日が経ってしまいました。
それでもやっぱり書いておきたいことがありまして、今回の上海滞在中にああ私ってやっぱり日本人・・・と思い知った出来事があるのです。
夫の兄は以前随分長い間Lちゃんという女の子と付き合っていて、Lちゃんも頻繁に夫の実家に泊まりに来ていました。夫の両親と夫の兄とLちゃんと4人で同居していたようなものでした。でも二人はなかなか結婚しませんでした。夫の兄もLちゃんも二人ともがイマイチ結婚に乗り気ではなかったのです。二人は避妊していたはずでしたが、ある日Lちゃんに妊娠が発覚しました。そして二人はほとんどためらうことなく中絶という答えを選びました。私にとってはとても驚きの出来事でした。しかし話を聞いてみるとどうもLちゃんの方が望んで中絶を選択したようなのです。その後数ヶ月して二人は別れました。そして今回訪中すると、夫の兄は新しい彼女とラブラブでした。
夫の母は私にLちゃんについての話をしてくれました。「長男の前の彼女ね、あの子は子供が要らないって言うから、もう別れてもらったのよ。あの子はね、子供ができたのに要らないって言ったから。あの子はね、中絶したのよ・・・・・・。」
ことのいきさつはともかく、中絶したからには心身ともにダメージを受けたに違いないLちゃん。私は「Lちゃんの体は大丈夫なのか」と夫の母にたずねました。
「大丈夫よ、中絶は簡単よ。産むよりずっとラクよ。」
それでもやっぱり中絶なんてショックが大きかったろうなあと心配する私。すると夫の母は、
え?アンタ(私のこと)、もしかして、赤ちゃんまたできたの?そんで中絶がタイヘンかどうか心配してるの?」と、話が全然違う方向へ行ってしまいました。どうやら他人の中絶をそんなに心配するのはおかしいことのようです。

このことをあとで夫に話したら、
「ああ、だって、お母さんだって少なくとも6回中絶したもん。」
と、あっさり・・・。
どうやら、中国の人々にとって中絶は日常茶飯事なできごとのようです・・・。

そういえば、妊娠したかもしれないと思ってはじめて中国の病院で検査を受けたとき、妊娠検査薬で陽性反応が出て、中国人のお医者さんに、
「妊娠してるわよ、要るの?」
と言われたとき、私はとーってもショックを受けたのを思い出しました。日本ではとりあえず「おめでとうございます」とか言ってくれるのにと、悲しくなりましたっけ。
でも中国ではまず「要不要?」って確認するのが普通なほどに中絶が盛んに行われているってことなのかなあ・・・。いくら一人っ子政策だから二人目は産めないからだとか言われても、なんだかカルチャーショックなんです。どうにも割り切れません。
夫の言葉が頭に響きます。
「俺が知ってる限りでも6回だからね、本当のところ何回かは知らないよ、少なくとも6回だよ。」
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by xiaozhuzhu | 2006-03-14 15:47 | 2006年上海へ里帰り
2006年 03月 09日

すっぽん

6日間の上海滞在中、ほとんど夫の実家でごはんをごちそうになった。子供の頃私の母方の祖母がいつもそうだったように、夫の両親は絶え間なく私達に何かを食べさせてくれた。朝ホテルでパンを食べたにも関わらず、まずお粥が出てきて、2度目の朝食を食べ、その後フルーツを食べ、昼食を食べ、またおやつやフルーツを食べ、その後お酒とおつまみ(と言っても立派な料理)、またおつまみとフルーツ、夕食、フルーツと言った感じ。息子も絶えず何かを食べさせてもらっていた。
その中で私一人にだけ特別に出された料理がある。すっぽんの血入り煎りたまごだ。すっぽんは日本でも滋養強壮の食材として知られるが、中国では普通にスーパーなどで生きたまま売られている。牛肉や豚肉に比べて割高だが、手に入らないほど高いものでは決してない。夫の家族はちょっとしたお祝い事の時には必ず食べる。食べてみるまで知らなかったが、意外にもおいしい。すっぽん自体栄養満点なのだが、すっぽんの血はさらに栄養価が高いらしく、妊娠したばかりのころもすっぽんの血入り煎りたまごを食べさせてもらった記憶があるが、その後つわりが始まって何も食べられなくなり、つわりが治まると日本に帰ってしまったので、結局一度しか食べなかった。いや、一度で十分だと私は思っていたのだが、夫の両親は本当は妊娠中や出産後は毎日のようにこの料理を私に食べさせたかったらしい。もちろん私の体を気遣ってのことだ。ようやく上海を訪れることができた私は、出産後1年半も経過しているにもかかわらず、「出産で流れ出た血を補わなくちゃ!」と滞在中毎日このすっぽんの血入り煎りたまごを食べさせて貰った。最終日はなんと二匹分のすっぽんの血がどっぷり入って何とも言えない色合いの煎りたまごだったが、ありがたく頂いた。ちなみにこの料理、臭みなどは全然なく、おいしいんです。

中国に帰ったらぜひ食べたいと思っていた料理は桂魚という川魚の蒸し物。これもほとんど毎日のように食べた。それから夫の出身地福建省の料理である干し竹の子と豚肉の煮物鳩の紹興酒炒めは夫の大好物だけど、これは鳥インフルエンザの影響か、レストランでしか食べることができなかった。あと、美味しかったのが、きゅうりをたっぷりのニンニクのみじん切りで和えたもの。日本にいるとニンニク臭が気になってあんまり食べる気にならないのだが、中国では存分に食べた。他の料理との味の相性の関係もあるのかな・・・とにかくこの料理、不思議と中国で食べるととてつもなく美味しい。
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夫の実家にて息子と遊ぶ夫の姉と兄とついでに私↑何にでも全力投球な家族です
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by xiaozhuzhu | 2006-03-09 13:06 | 2006年上海へ里帰り
2006年 03月 08日

増築された風呂

記憶が薄れないうちに上海のことを書いておきたいのですが・・・なかなかパソコンに向かう時間がとれません・・・。

今回は上海に5泊しましたが、夫の実家から徒歩5分のホテルに泊まりました。ひとつは夫の実家が狭いこと、もうひとつは夫の実家にお風呂(と言うかシャワー)がないからです。夫の実家は日本で言う2DKといった広さでしょうか。それでも夫が子供の頃は夫の祖母、母、姉、兄、夫の5人が住んでいたと言うのですからスゴイ(ちなみに夫の父は航海士で滅多に家に帰って来なかったそうです)。今は夫の両親と兄の3人が住んでいます。夫の両親は「ホテルなんてお金がもったいないから、うちに泊まりなよ」と言ってくれたのですが、それでもやっぱり私達3人が泊まるとなると無理があります。何より私がストレスが溜まって爆発しかねないと読んだ夫はホテルに泊まることを自ら提案してくれました。
さて、問題はここからです。夫の家族は一応「ホテルなんて・・・」と言ってくれましたが、しかしそれでも私達がホテルに泊まるとなったら、そのことを徹底的に利用しなければならないのです。悪い意味ではないのです。どうせ同じ料金払うのなら、存分に楽しまなきゃ損だから手伝ってやるという位の気持ちだと思います。
1日目の夜は到着時刻が遅かったので、夫の実家に少し顔を出して解放(?)されましたが、2日目の夜、ホテルに寝に帰る私達3人を見送ると言って夫の父と兄が付いて来ました。部屋に入ってきて、あちこち見学して、くつろいで、そして「明日風呂に入りに来る」と言って帰りました。3日目、夫の両親と姉(近所に住んでいる)が本当に風呂に入りに来ました。4日目は姪っ子(お姉さんの娘さん)がお風呂に入りに来ました。そしてその後、なぜか夫の兄の婚約者を含め家族全員がやってきて、みんなでお茶を飲んで帰っていきました。6日目の朝、出発前は夫の両親と姉が朝ごはん持参でやってきて、部屋の中でみんなで朝ごはんを食べました。そして夫の父は来るたびにホテルのアメニティグッズを全て持ち帰りました(笑)。
夫の家族にしてみれば、私達がホテルに泊まる=応接室と風呂が臨時に増築されたという感覚だったのでしょうか。

ちなみに夫の家族の上記のような行動を私が予測できたかと言うと、YESです。どうぞ風呂に入りに来てくださいという気分でした。そんな自分にちょっと驚きです。以前に上海に半年住んでいたときも、夫の両親はしばしば我が家に風呂に入りに来ていました。その時はそれを結構ストレスに感じていましたが、今回は不思議となんとも思いませんでした(多分、自分の家じゃないからでしょうね)。
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レトロ感漂う夫の実家↑ちなみに4月から改修予定で、シャワーも付けるんです

夫の家族は、滞在中私達がお金を使わなくていいように、昼御飯も晩御飯も用意してくれました。しかし夫はどーしてもお店で食べたかったようで(お袋の味がイマイチ好きではないという変人の夫)、色々理由をつけて一度だけ外でみんなで晩御飯を食べました。しかしそのレストラン選びも実に難航しました。夫がお金をだすのだから、夫が選んだところに行けばいいのだけれど、「その店は高い、もっと安い店でいい」と夫の財布の中身を心配してくれるのです。夫はみんの意見を無視して自分の行きたい店を目指して歩き出し、みんながその後を付いて歩いていたのですが、夫の家族はその道中に見つけたそんなに高くなさそうな店に勝手に入って行きました(笑)。特に夫の母と姉は、注文するときもずっと合計がいくらになるか計算していたし、食事が終わってからは、料理が全部来たか伝票とずっとにらめっこしていました。全て夫になるべくお金を使わせたくないという思いやりから出た行動なんですよね。不思議なような、面白いような・・・。

まだまだ書きたいことがたくさんあるのですが、今回はこのへんで。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-08 23:54 | 2006年上海へ里帰り
2006年 03月 06日

夫の家族の涙

3月1日に上海に到着してから、あっという間に時間が過ぎて、今日の朝9時にホテルの前で夫の両親と夫のお姉さんとお別れをしました。3人とも泣いていました。
いつも笑っていた3人が突然とても悲しそうな顔をしたので、息子も泣きそうな顔になりました。私には見せないようにしながら夫も泣いていたのかもしれません。
昨日の夜、13歳の姪っ子ともお別れをしました。今日の朝は学校で見送りに来れないからです。この数日、「お正月よりも楽しい」と言って大はしゃぎだったのに、お別れの時はずっとうつむいて、何を言っても答えてくれず、黙って下を向いていました。やっぱり泣いていたのかも知れません。
夫の家族はいつもとても感情表現がストレートで、以前はそれに時々戸惑いを覚えましたが、今回はとても素直に受け止めることができました。夫は本当にいい家庭環境で育ったのだと改めて思いました。夫の両親とお姉さんとお兄さんが本当によく息子の世話をしてくれました。(ついでに夫の世話も・・・。)私達家族はやっぱり上海で、夫の家族の近くで生活しているほうが幸せなのかも知れないと思ったりもしました。夫はきっと私よりもっとそう思ったことでしょう。
今日はとても幸せな気分で眠ることとします。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-06 23:59 | 2006年上海へ里帰り