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カテゴリ:2006年上海へ里帰り( 4 )


2006年 03月 14日

要不要?

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上海での6日間のことを記憶が薄れないうちに書こうと思っていたのですが、なかなか時間がとれないでいるうちに随分日が経ってしまいました。
それでもやっぱり書いておきたいことがありまして、今回の上海滞在中にああ私ってやっぱり日本人・・・と思い知った出来事があるのです。
夫の兄は以前随分長い間Lちゃんという女の子と付き合っていて、Lちゃんも頻繁に夫の実家に泊まりに来ていました。夫の両親と夫の兄とLちゃんと4人で同居していたようなものでした。でも二人はなかなか結婚しませんでした。夫の兄もLちゃんも二人ともがイマイチ結婚に乗り気ではなかったのです。二人は避妊していたはずでしたが、ある日Lちゃんに妊娠が発覚しました。そして二人はほとんどためらうことなく中絶という答えを選びました。私にとってはとても驚きの出来事でした。しかし話を聞いてみるとどうもLちゃんの方が望んで中絶を選択したようなのです。その後数ヶ月して二人は別れました。そして今回訪中すると、夫の兄は新しい彼女とラブラブでした。
夫の母は私にLちゃんについての話をしてくれました。「長男の前の彼女ね、あの子は子供が要らないって言うから、もう別れてもらったのよ。あの子はね、子供ができたのに要らないって言ったから。あの子はね、中絶したのよ・・・・・・。」
ことのいきさつはともかく、中絶したからには心身ともにダメージを受けたに違いないLちゃん。私は「Lちゃんの体は大丈夫なのか」と夫の母にたずねました。
「大丈夫よ、中絶は簡単よ。産むよりずっとラクよ。」
それでもやっぱり中絶なんてショックが大きかったろうなあと心配する私。すると夫の母は、
え?アンタ(私のこと)、もしかして、赤ちゃんまたできたの?そんで中絶がタイヘンかどうか心配してるの?」と、話が全然違う方向へ行ってしまいました。どうやら他人の中絶をそんなに心配するのはおかしいことのようです。

このことをあとで夫に話したら、
「ああ、だって、お母さんだって少なくとも6回中絶したもん。」
と、あっさり・・・。
どうやら、中国の人々にとって中絶は日常茶飯事なできごとのようです・・・。

そういえば、妊娠したかもしれないと思ってはじめて中国の病院で検査を受けたとき、妊娠検査薬で陽性反応が出て、中国人のお医者さんに、
「妊娠してるわよ、要るの?」
と言われたとき、私はとーってもショックを受けたのを思い出しました。日本ではとりあえず「おめでとうございます」とか言ってくれるのにと、悲しくなりましたっけ。
でも中国ではまず「要不要?」って確認するのが普通なほどに中絶が盛んに行われているってことなのかなあ・・・。いくら一人っ子政策だから二人目は産めないからだとか言われても、なんだかカルチャーショックなんです。どうにも割り切れません。
夫の言葉が頭に響きます。
「俺が知ってる限りでも6回だからね、本当のところ何回かは知らないよ、少なくとも6回だよ。」
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by xiaozhuzhu | 2006-03-14 15:47 | 2006年上海へ里帰り
2006年 03月 09日

すっぽん

6日間の上海滞在中、ほとんど夫の実家でごはんをごちそうになった。子供の頃私の母方の祖母がいつもそうだったように、夫の両親は絶え間なく私達に何かを食べさせてくれた。朝ホテルでパンを食べたにも関わらず、まずお粥が出てきて、2度目の朝食を食べ、その後フルーツを食べ、昼食を食べ、またおやつやフルーツを食べ、その後お酒とおつまみ(と言っても立派な料理)、またおつまみとフルーツ、夕食、フルーツと言った感じ。息子も絶えず何かを食べさせてもらっていた。
その中で私一人にだけ特別に出された料理がある。すっぽんの血入り煎りたまごだ。すっぽんは日本でも滋養強壮の食材として知られるが、中国では普通にスーパーなどで生きたまま売られている。牛肉や豚肉に比べて割高だが、手に入らないほど高いものでは決してない。夫の家族はちょっとしたお祝い事の時には必ず食べる。食べてみるまで知らなかったが、意外にもおいしい。すっぽん自体栄養満点なのだが、すっぽんの血はさらに栄養価が高いらしく、妊娠したばかりのころもすっぽんの血入り煎りたまごを食べさせてもらった記憶があるが、その後つわりが始まって何も食べられなくなり、つわりが治まると日本に帰ってしまったので、結局一度しか食べなかった。いや、一度で十分だと私は思っていたのだが、夫の両親は本当は妊娠中や出産後は毎日のようにこの料理を私に食べさせたかったらしい。もちろん私の体を気遣ってのことだ。ようやく上海を訪れることができた私は、出産後1年半も経過しているにもかかわらず、「出産で流れ出た血を補わなくちゃ!」と滞在中毎日このすっぽんの血入り煎りたまごを食べさせて貰った。最終日はなんと二匹分のすっぽんの血がどっぷり入って何とも言えない色合いの煎りたまごだったが、ありがたく頂いた。ちなみにこの料理、臭みなどは全然なく、おいしいんです。

中国に帰ったらぜひ食べたいと思っていた料理は桂魚という川魚の蒸し物。これもほとんど毎日のように食べた。それから夫の出身地福建省の料理である干し竹の子と豚肉の煮物鳩の紹興酒炒めは夫の大好物だけど、これは鳥インフルエンザの影響か、レストランでしか食べることができなかった。あと、美味しかったのが、きゅうりをたっぷりのニンニクのみじん切りで和えたもの。日本にいるとニンニク臭が気になってあんまり食べる気にならないのだが、中国では存分に食べた。他の料理との味の相性の関係もあるのかな・・・とにかくこの料理、不思議と中国で食べるととてつもなく美味しい。
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夫の実家にて息子と遊ぶ夫の姉と兄とついでに私↑何にでも全力投球な家族です
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by xiaozhuzhu | 2006-03-09 13:06 | 2006年上海へ里帰り
2006年 03月 08日

増築された風呂

記憶が薄れないうちに上海のことを書いておきたいのですが・・・なかなかパソコンに向かう時間がとれません・・・。

今回は上海に5泊しましたが、夫の実家から徒歩5分のホテルに泊まりました。ひとつは夫の実家が狭いこと、もうひとつは夫の実家にお風呂(と言うかシャワー)がないからです。夫の実家は日本で言う2DKといった広さでしょうか。それでも夫が子供の頃は夫の祖母、母、姉、兄、夫の5人が住んでいたと言うのですからスゴイ(ちなみに夫の父は航海士で滅多に家に帰って来なかったそうです)。今は夫の両親と兄の3人が住んでいます。夫の両親は「ホテルなんてお金がもったいないから、うちに泊まりなよ」と言ってくれたのですが、それでもやっぱり私達3人が泊まるとなると無理があります。何より私がストレスが溜まって爆発しかねないと読んだ夫はホテルに泊まることを自ら提案してくれました。
さて、問題はここからです。夫の家族は一応「ホテルなんて・・・」と言ってくれましたが、しかしそれでも私達がホテルに泊まるとなったら、そのことを徹底的に利用しなければならないのです。悪い意味ではないのです。どうせ同じ料金払うのなら、存分に楽しまなきゃ損だから手伝ってやるという位の気持ちだと思います。
1日目の夜は到着時刻が遅かったので、夫の実家に少し顔を出して解放(?)されましたが、2日目の夜、ホテルに寝に帰る私達3人を見送ると言って夫の父と兄が付いて来ました。部屋に入ってきて、あちこち見学して、くつろいで、そして「明日風呂に入りに来る」と言って帰りました。3日目、夫の両親と姉(近所に住んでいる)が本当に風呂に入りに来ました。4日目は姪っ子(お姉さんの娘さん)がお風呂に入りに来ました。そしてその後、なぜか夫の兄の婚約者を含め家族全員がやってきて、みんなでお茶を飲んで帰っていきました。6日目の朝、出発前は夫の両親と姉が朝ごはん持参でやってきて、部屋の中でみんなで朝ごはんを食べました。そして夫の父は来るたびにホテルのアメニティグッズを全て持ち帰りました(笑)。
夫の家族にしてみれば、私達がホテルに泊まる=応接室と風呂が臨時に増築されたという感覚だったのでしょうか。

ちなみに夫の家族の上記のような行動を私が予測できたかと言うと、YESです。どうぞ風呂に入りに来てくださいという気分でした。そんな自分にちょっと驚きです。以前に上海に半年住んでいたときも、夫の両親はしばしば我が家に風呂に入りに来ていました。その時はそれを結構ストレスに感じていましたが、今回は不思議となんとも思いませんでした(多分、自分の家じゃないからでしょうね)。
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レトロ感漂う夫の実家↑ちなみに4月から改修予定で、シャワーも付けるんです

夫の家族は、滞在中私達がお金を使わなくていいように、昼御飯も晩御飯も用意してくれました。しかし夫はどーしてもお店で食べたかったようで(お袋の味がイマイチ好きではないという変人の夫)、色々理由をつけて一度だけ外でみんなで晩御飯を食べました。しかしそのレストラン選びも実に難航しました。夫がお金をだすのだから、夫が選んだところに行けばいいのだけれど、「その店は高い、もっと安い店でいい」と夫の財布の中身を心配してくれるのです。夫はみんの意見を無視して自分の行きたい店を目指して歩き出し、みんながその後を付いて歩いていたのですが、夫の家族はその道中に見つけたそんなに高くなさそうな店に勝手に入って行きました(笑)。特に夫の母と姉は、注文するときもずっと合計がいくらになるか計算していたし、食事が終わってからは、料理が全部来たか伝票とずっとにらめっこしていました。全て夫になるべくお金を使わせたくないという思いやりから出た行動なんですよね。不思議なような、面白いような・・・。

まだまだ書きたいことがたくさんあるのですが、今回はこのへんで。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-08 23:54 | 2006年上海へ里帰り
2006年 03月 06日

夫の家族の涙

3月1日に上海に到着してから、あっという間に時間が過ぎて、今日の朝9時にホテルの前で夫の両親と夫のお姉さんとお別れをしました。3人とも泣いていました。
いつも笑っていた3人が突然とても悲しそうな顔をしたので、息子も泣きそうな顔になりました。私には見せないようにしながら夫も泣いていたのかもしれません。
昨日の夜、13歳の姪っ子ともお別れをしました。今日の朝は学校で見送りに来れないからです。この数日、「お正月よりも楽しい」と言って大はしゃぎだったのに、お別れの時はずっとうつむいて、何を言っても答えてくれず、黙って下を向いていました。やっぱり泣いていたのかも知れません。
夫の家族はいつもとても感情表現がストレートで、以前はそれに時々戸惑いを覚えましたが、今回はとても素直に受け止めることができました。夫は本当にいい家庭環境で育ったのだと改めて思いました。夫の両親とお姉さんとお兄さんが本当によく息子の世話をしてくれました。(ついでに夫の世話も・・・。)私達家族はやっぱり上海で、夫の家族の近くで生活しているほうが幸せなのかも知れないと思ったりもしました。夫はきっと私よりもっとそう思ったことでしょう。
今日はとても幸せな気分で眠ることとします。
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by xiaozhuzhu | 2006-03-06 23:59 | 2006年上海へ里帰り