2016年 12月 31日

日中ハーフでアスペルガー症候群な息子


     この日記は2005年~2011年の7年間の日記です 。
     それ以降の更新は下記の4件のみです。
     NEW!!  2015年(10~11歳)の息子
     2014年(9~10歳)の息子
     2013年(8~9歳)の息子
     2013年上海へ里帰り(全8話)


2003年に中国人である夫と結婚し、2004年に可愛い息子が誕生しました。もともとは国際結婚のちょっとおかしな日常を書き留めようと始めたこのブログでしたが・・・どんどん月齢を重ねる息子。息子のあまりにパワフルであまりに不思議な行動に戸惑う毎日。それでも一生懸命普通の子育てをしようとしていた私でした。

「息子は普通じゃないかも」「少しでも息子にとって楽しい毎日に変えてあげたい」そんな覚悟をようやく決めたのは息子が2歳半の頃。
息子が自閉症スペクトラムに属するアスペルガー症候群という障害を持っていると知らされたのは息子が3歳半の頃。
色々な人にアドバイスを貰いながら、色々な人に支えてもらいながら、息子は7歳の今、一見すっかり普通の子として小学校に通っています。

息子がアスペルガー症候群であることは一生変わりません。しかし安心できる環境と周囲の人の理解があればアスペルガー症候群障害にはなりません。普通学級に通う1年生の息子を、今とてもまぶしく感じます。とても嬉しく眺めています。
しかし、ほんの少し違和感もあります。息子を良く知る私は心配でなりません。周囲のお友達がどんどん成長していく中で、その小さな違和感がやがて大きなものになってしまうのではないかと。息子が一見普通であればあるほど、息子がどんな風に他の子と違うのか説明するのはとても難しいと思います。でもいつか説明しなければならない日が来るでしょう。担任の先生に、お友達に、息子自身に・・・その日の為にこれまでの日記をもう一度整理し直しました。アスペルガー症候群という聞いたこともない障害を理解して貰うためのヒントとなる事を願って。(2011年息子が7歳の冬に書きました)


     もくじ
     アスペルガー症候群の息子との懐かしい奮闘の日々はこちらから
     →2005年~2011年(息子0歳~7歳)の育児日記もくじ

     国際結婚に興味をお持ちならばこちらから
     →国際結婚2005年~2011年の日記もくじ

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# by xiaozhuzhu | 2016-12-31 23:59 | はじめに
2015年 12月 16日

2015年(10~11歳)の息子

息子がアスペルガー症候群だと診断されたのは息子が3歳半の頃。
そんな息子も小学5年生となり、月日はどんどん流れ、あと3~4カ月もすれば6年生です。

やっぱり数学が得意
アスペルガー症候群は数学と物理が得意と言いますが、本当です!もはや私の頭ではついていけない…というほどに、新しい知識を一瞬で理解し使いこなします。
また、アスペルガー症候群はパソコンが得意と言いますが、それも本当です!息子は普段からパソコンで自分の好きな動画ばかり見ていますが、5年生の夏休みの自由研究にHTMLのプログラミングをやらせてみたところ、私のごくごく簡単な説明だけですぐ仕組みを理解し、自分の作りたいサイトを完成させました。

やっぱり問題児
…と、一見順風満帆に思える息子の小学校生活ですが…決してそんな事はありません。息子は問題児として先生方の頭を悩ませる生徒の1人でもあります。授業態度は悪いですし、宿題や課題もほとんど真面目にやりません。先生に注意されない日はないですし、特別に居残りさせられてお説教されることも多いです。
そして、相変わらずほとんどの食べ物を食べません!給食もほぼ残します。家でも、息子の食べられるメニューはほんの数種類、それを繰り返し繰り返し食べています。身長は伸びているので多分栄養は足りているのでしょうが、ガリガリに痩せています。

そんな息子を見ながら私が思うこと…
「できないものは仕方がない!得意なことだけを伸ばそう!」
食事もそうです。
「食べられないものは仕方がない!食べられるものだけを食べさせよう!」

とにかく数学を伸ばす
息子の数学的才能を伸ばすため、小学1年生から4年生まで公文の算数をやらせました。小学4年生で公文の中学課程を卒業し、小学5年生からは中学受験のための塾に通わせています。公立中学には息子の数学的才能を引き伸ばしてくれる環境はないと思うからです。算数と理科の物理分野以外は苦手な息子ですが、それでも、算数を極めると他の教科もそれにつられて成績アップするようです。やはりアスペルガー症候群には「得意なことを伸ばす」ことが最善な方法だと思います。


食べられない理由
息子が給食を食べられない理由…ほとんどの人が「母親のしつけが悪いから」と言います。「子供がかわいそうだ」と言います。だから私もずっと考えてきました。なぜ息子はほとんどの食品を口にすることを拒絶するのか?そして私なりに答えが出ました。恐らく、自閉症、アスペルガー症候群、発達障害と言われる人たちは皆そうだと思いますが、彼らの脳と私たちの脳の決定的な違いは「情報のインプットの方法」です。
日常にあふれる光や音やにおいや文字などの様々な情報を、私たちはあまり意識しません。恐らくうまくそう作られているのです。あらゆる細かい情報にいちいち反応していたらとても生活しづらいからです。自分が必要と思う情報だけをうまく取り込み、また、不要になればどんどん忘れていく…。人間の脳はわざとそんな風にいい加減に作られているではないでしょうか?
ところが、息子は違います。必要な情報も、そうでない情報も均等に脳にインプットされます。昨日は点いていたマンションの共有スペースの電球が1つでも切れていると、息子はすぐに気付きます。普通の人間なら気付かない細かな情報に息子の脳は反応します。そのくせ息子はテレビを点けながら勉強します。なぜならたとえテレビを消しても、やはり不必要な様々な日常の音が息子の耳には届き続けるからです。息子にとって集中を妨げるのはテレビの音だけではないのです。
そんな息子にとって、食べ物はとてもやっかいです。息子が唯一パクパク食べる「白米」でさえ、産地や炊き方で味は微妙に変わります。そんな些細な違いにさえ息子の脳は敏感に反応します。そんな息子に何が入っているかも分からない味噌汁やカレーやシチューは絶対に食べられません。脳が正確に情報をインプットできないから食べられないのです。では、材料を列記してあげれば安心して食べられるか?と言うと、そうでもありません。例えば、シチューにはじゃがいもやにんじんが入っていて、それがルーに絡んでおいしく感じるわけですが、息子の脳はにんじんならにんじんだけを味わおうとします。つまり、息子の脳がやっているのは、シチューに入っているにんじんを取り出して水洗いしてにんじんだけで食べるのと同じことです。でも、そんなことをしてもおいしくありませんよね?結果的に息子はシチューもにんじんも食べることができません。食事は息子にとってほとんどの場合苦痛です。食材や味やにおい等々…情報が多すぎて頭が混乱するからです。
「白米」を茶碗何杯も食べ、「にぼし」をポリポリほおばり、「みかん」を1日に何個も食べる…そんな食生活が息子には安心で安全なのです。…もちろん、母親としては「いつか私たちと同じものを食べられるようになってほしい」と思います。

では、また、気が向いたら更新します。皆さん、お元気で。
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# by xiaozhuzhu | 2015-12-16 12:35 | 2015年(10~11歳)の息子
2014年 04月 18日

2014年(9~10歳)の息子

息子は小学4年生になりました。どこから見ても普通の小学4年生に見える息子です。公文教室では表彰されるほど素晴らしい成績(算数のみ)で、学校の勉強も全般的にできている方だと思います。お友達もたくさん出来、毎日楽しく学校に行っています。

しかし…授業中に先生の話は全く聞かず、ノートに落書きばかり、給食はほとんど食べません。ノートに落書きして全然授業に参加していないのに、突然手を上げて発言したりするのです(笑)。しかもその発言が的を射ているので余計に不思議。教室の中の宇宙人的存在ではあるのですが、それでも一見普通の小学生として日々過ごしています。


バスの中の出来事
久しぶりに息子とバスに乗りました。すると息子は突然「うわ~、バスって字が多すぎ。たくさんの字が俺に飛び込んで来る」と言いました。バスの中にたくさん貼ってある注意書き(走行中は立たないでください等)や広告などのことを指しているようです。
私はハッとさせられました。
以前に本で読んだことがあります。「自閉症やアスペルガー症候群の人は視覚的・聴覚的に、普通の人のような常識的な情報処理ができない」と。
つまり普通の人は多くの氾濫する情報の中から何の苦もなく自分に関係のある必要な情報だけを汲み取って、ほかの情報は無視することができます。私もバスの張り紙をいちいち1つ1つ気にしたりはしません。何が書いてあったかも覚えていません。
しかし自閉症やアスペルガー症候群の人にはそれができないのです。全ての情報を同じ重みで全て吸収させられてしまうのです。だから息子には「たくさんの字が俺に飛び込んで来る」と感じたのです。あらゆる情報が一気に押し寄せて来たため、息子の脳は混乱してしまったようです。慌てて目を閉じた息子ですが、今度はバス独特のにおいに気持ち悪くなったと言っていました(臭覚も敏感なんです)。

久しぶりに息子がアスペルガー症候群なんだということを思い知らされた出来事でした。なるほど、息子は普段から視覚も聴覚も臭覚も味覚も全く無防備な状態で色々な情報のシャワーを浴び続けているのですね。自分に関係の無い情報も全てを受け止めながら生きているのですね。何て大変なんでしょう!

息子にこう言ってみました。「普通の人間にはバリアーが付いているから、自分が知りたいと思う情報以外はシャットダウンできるんだよ。アスペルガー症候群の人みたいに、たくさんの字が飛び込んで来るなんてことはないんだよ」と。息子は「いいな~、俺もバリアーが欲しい」と言っていました。
でも小さい頃のようにパニックになったり、暴れたりしません。淡々と情報のシャワーに耐えながら、一見普通の子供のように毎日を過ごしています。我が息子ながら頭が下がります。

逃げました
学校で七輪でお餅を焼いて食べるという行事がありました。社会科で昔の人の暮らしを学んだので、それを体験してみようという趣旨のものです。
アスペルガー症候群は臭覚も敏感です。息子もロウソクのにおい、せんこうのにおい、花火のにおいが苦手です。ですからやっぱり炭もダメだったようです。

息子はたまらずその場から逃げ出しました。遠くまで走って逃げて、ポケットに入っていたティッシュを取り出し、鼻の穴に詰められるだけ詰めました。においをシャットダウンしたかったのでしょう。それから皆のいる場所に戻りました。お餅は好物なので食べたかったのだそうです。鼻にティッシュの詰まった息子を見て、先生は「鼻血か?」って聞いたそうです。

息子は耐え難いにおいにもパニックになったり、暴れたりしませんでした。淡々と耐え、自分のできる対策を講じ、できるだけ皆に合わせようとしました。そんな息子に私はやっぱり頭の下がる思いです。
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# by xiaozhuzhu | 2014-04-18 09:15 | 2014年(9~10歳)の息子
2013年 09月 18日

2013年(8~9歳)の息子

小さい頃の事がまるで嘘だったように、今や普通の小学生な息子。
もちろん、他の子と違うところもあります。未だに給食は食べられません。相変わらず数字オタクです。
でも、何がすごいって「僕はアスペルガーで他の子と違うところがある」と知っててそれでも「なんとか世の中に合わせてやってみよう」って思っている所がすごいです。とても頼もしく思います。その言葉通り、なんとかこの合わせづらい世の中に合わせて生きていって欲しいと思います。

以下、3年生より新しい担任となった学校の先生にお渡しした手紙です。もはや、一見障害があるようには見えないので、息子の障害について説明するの、本当に難しいです。


息子の『発達障害』について
息子は3歳の時『発達障害』のひとつである『アスペルガー症候群』と診断されました。
『アスペルガー症候群』とは一言で言ってしまえば『自閉症』に見えない『自閉症』なのだそうです。

自分の子供が『発達障害』、『アスペルガー症候群』と言われても私にもすぐに受け入れられませんでした。でも同時に「なんだ、やっぱりそうだったのか」とホッとしたのも事実なのです。息子が生まれてから、息子の癇癪やこだわりに、何かがおかしい、他の子と違うと感じ続けてきたからです。その理由が分かって納得したような気持ちにもなりました。

しかし、そうは言っても『発達障害』、『アスペルガー症候群』とは実に分かりにくい障害です。インターネットで調べたり、本を読んだりしてもはっきりと理解することは難しいと思います。
調べますと、代表的な発達障害にも色々と種類があるのです。
①広汎性発達障害(PDD)・自閉症・アスペルガー症候群
②注意欠陥多動性障害(ADHD)
③学習障害(LD)
息子は①に当てはまり、中でも『アスペルガー症候群』の特徴が顕著です。

実は『自閉症』と『アスペルガー症候群』はひとつながりのもので、はっきりと区別できるものではないそうです。でも『自閉症』などと聞くと部屋に閉じこもって出てこない人のような印象がありますよね。私自身、その偏見を完全に拭えないでいます。そのくせ『自閉症』に関する本を読むと、息子と似たような特徴に出くわし、妙に納得したりします。

『自閉症』と『アスペルガー症候群』を強いて区別するなら、『アスペルガー症候群』は一見して障害があるようには見えない。話もできるし勉強なども人並み以上にできることがあり、『自閉症』に見えない『自閉症』なのだと説明している人がいます。本当にその通りなのです。

『アスペルガー症候群』の特徴について
『アスペルガー症候群』の特徴について調べるとこんな風に書かれています。
1・対人関係が薄くて社会性の発達がわるい
2・コミュニケーションの障害がある
3・興味・活動が限られ、強いこだわり、反復的な行動がみられる(想像力の障害)
とても分かりにくいですよね。

しかし、小さい頃から息子がとってきた奇妙な行動は、おおよそこの3つの特徴のどれかに当てはまるようです。今では随分落ち着いて、奇妙な行動は本当に減りました。しかし、もうすぐ3年生になろうとしている今でも、どうしても直らない行動があります。

「あいさつをしない(毎朝会う登校班のメンバーにすらあいさつしません)」
「初対面の人、久しぶりに会う人との対面を嫌がる(押入れなどに隠れてしまいます)」
「学校以外の場所で先生やお友達に会うのを嫌がる(逃げ出してしまいます)」

4歳頃、保育園で毎朝30分以上壁と向かい合ったまま固まっていた息子。しかし、1時間もするとお友達と仲良く遊び始めるのです。
理由を聞くと「夜、家に帰ると先生もお友達も知らない人になる」「朝、先生も友達もはじめて会う人だから(慣れるのに)時間がかかる」と言っていました。朝になると誰もが初対面の関係に戻ってしまうという意味なのでしょうか?

2年生の今、学校に登校するとすぐにお友達と仲良く遊んでいるそうです。
しかし、毎朝マンションのロビーで管理人さんに「おはよう」と声をかけられても目も合わさず無視します。登校班のお友達とも一言も交わさず学校に向かいます。
息子にとって朝は誰もが初対面の見知らぬ人だからなのでしょうか?それともそもそも「あいさつ」をする必要性が分からないからなのでしょうか?

土曜日や日曜日、公園やスーパーで同じ小学校のお友達に偶然会うことがあります。息子は必ず逃げ出します。逃げ出せない時は目を閉じて固まってしまいます。「あの人は学校の人だから」と言ったりします。
専門家の先生によればこれが「想像力の障害」なのだそうです。学校で会うお友達それぞれに家族があって、家庭生活があってということに想像が及ばないのだそうです。学校のお友達は息子にとって「学校で会う人」であって、その人がいきなり公園やスーパーに出現するとパニックに陥るのだそうです。

「あいさつ」も出来ず、初対面の人からは逃げる息子。しかしその反面、息子はとても「おしゃべり」です。
「おしゃべり」だなんて『自閉症』というイメージから程遠い話ですが、『アスペルガー症候群』に「おしゃべり」は多いようです。でもどこか変なのです。難しい言葉も使ってスラスラと話しますが、どこか一方的です。私の話はほとんど聞いていない事が多いのです。「おしゃべり」だけど「会話」は苦手なのです。一人で勝手にしゃべっているのです。

興味の対象に対しては、きわめて強い偏執的ともいえる集中力で、大量の情報を記憶できるのも『アスペルガー症候群』。息子は2歳頃から数字に対してものすごい執着心を持っています。ディズニーランドに遊びに行ったある日、先に荷物を預けようとすると…どのナンバーのコインロッカーに預けるか悩みに悩むのです。決めるのに20分かかりました。さっさと荷物を預けてアトラクションで遊んだ方が…と思うのですが、息子にとって数字はとても重要なものなのです。急かさなければ一日中コインロッカーの前をウロウロしていたかも知れません。ちなみにどのアトラクションで遊びたいかと聞くと「何でもいい」という返事が返ってきました。

『感覚の敏感さ』について
アスペルガー症候群に良くみられる特徴として『感覚の敏感さ』があります。
・音への敏感さ
・視覚的敏感さ(教えもしないのに文字などを幼児期に覚えてしまう)
・味覚の敏感さ(味覚の敏感さは偏食につながる)
・嗅覚の敏感さ
・触覚的な障害(ぬいぐるみなどの感触が好きでいつも撫でているなど)

これらの特徴、息子に実によく当てはまります。小さい時から服を着るのを嫌がり、ダブダブの服をなんとか着せていました。体に触るのを嫌がりました。においや味に敏感で偏食です。『感覚が敏感』な息子には人間社会は生き辛い場所だと思います。
何にでも「イヤイヤ~」とする息子を見て「狼少女」を思い出した事もあります。野生の狼みたいに人間に触られるのが嫌で、服も着ないし、人間の食べ物・複雑な味付けを嫌い、音や光やにおいに過敏に反応するのです。

でもそれも今ではすっかり落ち着きました。もうすぐ3年生になろうとしている今、問題は「給食」だけです。「給食」は「白いごはん・パン」と「牛乳」と「薄い味付けの魚」と「においのしないフルーツ」だけを食べます。他のものは気が向いたら一口か二口食べる程度です。それでも息子にしてはとても頑張って食べている方です。普通の人にとって「普通」の醤油や塩の味付けが息子には「辛い」と感じます。胡椒は「激辛」です。給食が毎日「スパイシーインド料理」や「激辛タイ料理」だと辛い事でしょう。本人は「味覚に鈍感な普通の人が羨ましい」などと言っています。

『発達のアンバランスさ』について
『自閉症』の人間はもともと規則的なものを好むので、数字は大好きです。息子はその『自閉症』の中でもとりわけ数字好きのマニアです。4歳になる前に四則演算が出来、5歳で分数や小数・負の数を理解していました。まるで天才児です。
しかし一方で、自分の身の回りの事が出来ず、ご飯の食べ方も下手だし、遊びなどはとても幼稚なのです。ある面は中学生並みに発達しているし、ある面はまだ4歳児か5歳児のレベルしかないのです。『発達障害』の子供の、この「発達のバラつき」が風変わりな行動に結びついてしまう原因なのだそうです。

「あんなに難しい算数の問題が解けるのに、どうしてこんな簡単な事が出来ないの?」と私もつい言ってしまいます。息子がある面ではまだ幼稚園児である事をついつい忘れてしまいます。しかし、遅れている部分も、遅れているなりに発達していくのです。今はできない事が、ある日突然できるようになったりするのです。

普通の子供がテレビを見始めるのは1歳でしょうか?1歳半でしょうか?
息子がテレビを見始めたのは何と4歳の時でした。四則演算ができる息子が、テレビには何の反応も示さなかったのです。テレビが何を伝えようとしているかを理解できなかったのです。よその子がテレビのヒーローを真似している横で、息子は「いないいないばあっ!」という1~2歳児向けの番組を初めて理解して、夢中で見ました。テレビを見て初めてキャッキャッと声を立てて笑いました。うれしいと悲しいとが入り混じった気持ちで、そんな息子を見つめたことを覚えています。

しかし、一度理解し始めると恐ろしい勢いで理解が進むことがあるようです。今、息子は8歳の子供の理解力でテレビを見ています。いつの間にか他の子供に追いついたようなのです。

『発達障害』と知るだけで
専門書には「発達障害の子どもへの関わり方は、障害の特性を理解して接してあげることが大切…」「療育スタートは早ければ早いほど効果がある」などと書かれています。何だか難しく、読んでいると気が重く感じられる事でしょう。でも、私個人は「特別な接し方」なんて必要ないと思います。「あ、『発達障害』なの?」と知って頂けるだけで十分です。

その昔、新米ママで、ただただ「普通」に子育てしようとしていた私。ひたすら癇癪を起こして泣いて暴れる息子。いつも途方に暮れていました。
そして息子が2歳半の時、突然「普通の子育てはやめた」と思いました。息子が生まれた時、「毎日楽しく笑って過ごして欲しい」と願ったはずなのに、息子は毎日癇癪ばかりなのです。息子にたくさん笑って欲しいと思いました。社会のルールや子育ての常識を気にするのはやめました。息子が数字にこだわるなら、そのこだわりにとことん付き合いました。駐車場の料金メーターを何時間も見続ける息子と一緒に私もメーターを見続けました。それが息子には至福の時間なのですから。

その後、息子が3歳半の時に『発達障害』と診断されました。その時心理士さんに指摘されたのは息子が「言葉を使って生活していない」という事でした。言葉は理解しています。しかし、言葉でコミュニケーションする気が全くないのです。『「おはよう」「おかえり」という言葉のかわりに、毎日抱きしめてあげてください。』という心理士さんのアドバイスはとても有効でした。息子が体に触られるのが嫌いなのは知っていましたが、同時に「スキンシップを求めている」とは知らなかったのです。何だか矛盾している話ですが、ともかく、もう3歳になっていた息子を遅ればせながらたくさん抱っこしました。すると息子はとても安心するようでした。8歳になった今でも息子はスキンシップが大好きです。(ただし、予告なく突然触られるとパニックを起こす事があります。「触るよ」と予告してから抱きしめてください。)

息子は時々『総合療育センター』を受診していますが、「療育」などは行っていません。毎日の生活で「特別な接し方」もしていません。それでも幼い頃からは想像できない程落ち着いています。先天性で治るはずのない障害ですが、「治ったの?」と思える程です。障害の程度がもともと軽度だった事もあるでしょう。それでも、もし理由を挙げるとすれば、私が「普通の子育てはやめた」と思った事、ただそれだけではないかと思うのです。

ある講演会で印象的な話を聞きました。(上原芳枝氏という専門家のお話しでした)
『ある保育園に発達障害の子供が数人いて、そこの保育士達に指導をした。1年後その保育園を訪れると、子供たちはとても落ち着いていた。保育士達を観察すると、特に適切な接し方ができているわけではない。それなのに子供たちは劇的に変化した。恐らく保育士達が「問題行動にもその子にはその子なりの理由があるんだ」と知った事が原因ではないか。大人がそう思うだけで子供にはそれが通じ、子供たちが変わったのだ。』


長くて読みづらい文書を最後まで根気よくお読み下さり、ありがとうございました。
ただ読んで頂くだけで、もう十分に息子の理解者になって頂けたと思います。
本当にありがとうございました。
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# by xiaozhuzhu | 2013-09-18 00:00 | 2013年(8~9歳)の息子
2013年 01月 06日

国際結婚2013年の日記もくじ

国際結婚2013年の日記

1.上海は寒かった(←2013年お正月に里帰りした時の日記①)
2.ホテル暮らしは罪か(←2013年お正月に里帰りした時の日記②)
3.夫迷子になる(←2013年お正月に里帰りした時の日記③)
4.ハーフ君(←2013年お正月に里帰りした時の日記④)
5.ヤギとヒツジ(←2013年お正月に里帰りした時の日記⑤)
6.ちょっぴり観光(←2013年お正月に里帰りした時の日記⑥)
7.もうこの話はしない(←2013年お正月に里帰りした時の日記⑦)
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# by xiaozhuzhu | 2013-01-06 00:00 | もくじ一覧
2013年 01月 05日

2013年上海へ里帰り

2013年上海へ里帰り

1.上海は寒かった
2.ホテル暮らしは罪か
3.夫迷子になる
4.ハーフ君
5.ヤギとヒツジ
6.ちょっぴり観光
7.もうこの話はしない
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# by xiaozhuzhu | 2013-01-05 00:00 | 2013年上海へ里帰り
2013年 01月 04日

もうこの話はしない

e0027594_14525765.jpg滞在中は雪の日がほとんどだった上海。元旦だけは快晴でした。一斉に干された洗濯物。空中を串刺しにするような干し方…息子は「日本と違うね」って言ってました。色も派手(笑)。

e0027594_1453593.jpg貴重な晴天です。団地の遊具にも洗濯物が…。ま、厳密には「遊具」ではなく「健康器具」です。お年寄りが体を鍛えるためのものがほとんどです。息子も拝借して遊んでましたが。

滞在中、息子は中国に馴染めないし、中国語も分からないし、ほとんど誰とも口をききませんでした。それでもエネルギッシュな夫の家族はお構いなしに息子に話しかけます。私も気が向いたときだけ通訳(汗)。

義母「もっと中国においで。来年もおいで。」
息子「めんどくさい。そんなに言うならおばあちゃんが日本に来ればいいじゃない。」
私  「おばあちゃんが日本に来たらって言ってるよ~(←微妙な箇所は省略)。」
義母「ホント?そう言ったの?わーい!嬉しい。すごく嬉しい!いつ?いつがいい?冬は嫌だな。寒いから。」
私  「春がいいよ。桜も満開だし。(←言ってみてるだけの私)。」
義母「学校が休みの時がいい。孫と遊べるから。いつが休み?」
私  「春は2週間。夏は5週間だけど、暑くて倒れると困るからやめて。」
義母「じゃあ、いつの春?来年?」
私  「…(←即答できず)」 
義母「じゃあ、息子(つまり私の夫)と相談しといて。」
私  「…(←返答できず)」 

さらに!
義母「私たち(義母&義父)そんなに食べないから、毎日おかず一品作ってくれたらいいから。」
私  「…(←返答できず)」 
義父「俺は毎日でいい。日本のは美味しい。」
私  「って…ラーメン?うどん?ソーメン?…(←もはや投げやり)」 
義父「だよ、。日本の。」

さらに!さらに!
義母「私たち(義母&義父)、2週間だけでいいから。ほんの2週間で帰るから。(それ以上引き止めないで…という口調)」
私  「…(←返答できず)」 
義母「孫が学校が始まったら家にじっとしているのつまらないから2週間だけでいいから。」

横で笑っていた夫によりますと、義父&義母にとって「日本滞在」とは即ち、我が家に数ヶ月滞在し寝食を共にすることを指しているらしいです。暮らすつもりらしいです。だけど、すごく遠慮して「2週間でいい」と言っているとか。

…いや、長過ぎます。私、気が狂っちゃいます。私に耐えられるのはせいぜい5日間くらいです。

まあ、でも我が家の経済力では義父&義母を日本にご招待できるのはいつの日かな。
だって、数年前にご招待しようとして飛行機代10万円送ったら「少ない」って腹を立てて来なかったのだから(→本人達は忘れてますが、そんな事があったんです!)。飛行機代だけでも15万か20万か用意しなきゃならないって事でしょう…実現不可能でしょう。ま、この話はもう誰とも二度としな~い!
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# by xiaozhuzhu | 2013-01-04 00:00 | 2013年上海へ里帰り
2013年 01月 03日

ちょっぴり観光

8泊9日の滞在中、夫の実家でご飯を食べて過ごすだけという日がほとんでした。夫の実家に泊まるべきところをホテルに泊まっているのだから、まあ、それは仕方がないとして…でもせっかくの上海、観光もしたいし、外食もしたい!
「観光なんかするな」「外食なんかするな」という夫の家族を振り切り…ちょっとだけ遊びに行きました。
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←豫園
(厳密には豫園周辺の土産物屋街)
お約束の観光スポットなのに、息子が生まれてから初めて行きました(汗)
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←七宝鎮
上海郊外の水郷…義父も付いてきましたが「こんな場所知らなかった」と。
息子は上海雑技ゲームセンターが楽しかったって言ってました。あと外灘観光トンネルも喜んでた。ゲームセンターと言えば、義兄親子がよく行くとの事で、中国のゲームセンター初体験にして、息子は超ハマッてしまい、上海滞在中ほぼ毎日通いました(汗)。
Toms World Amusementというゲームセンターで、どうやら台湾の企業らしいです。
お金を払ってメダルを貰い、そのメダルをゲーム機に投入して遊ぶというのは日本と同じですが…ゲームが上手く行った時、機械から放出されるのはなぜかメダルではなく「兌換券」という小さなチケットの綴り。ゲーム機がそのチケットをドバドバ吐き出す様子が面白くて息子はゲーム機に貼りついてました(汗)。「兌換券」は後でちょっとした景品と交換できます。もはやパチンコ屋に近いかも(笑)。
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←田子坊
上海で最もお洒落なスポット

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# by xiaozhuzhu | 2013-01-03 00:00 | 2013年上海へ里帰り
2013年 01月 02日

ヤギとヒツジ

日本と違って中国では実にいろんな生き物が食べられています。私がこれまで食べておいしい!って思ったのは「スッポン」、「ハト」、「カエル」、「タニシ」でした。
今回は「田うなぎ」「スズメ」に初挑戦!どちらも美味でした。夫の言うとおり、日本のスーパーに牛・豚・鶏しか売ってないのはとてもガッカリな事です。
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←夫の実家の家庭料理
夫の実家で出される食べ物で私がちょっと苦手なのが羊のスープ。スープにあんまり味付けしてなくて、「羊」の臭み?が濃厚です。夫の家族は食べ慣れてるらしく「おいしい、おいしい」って言ってましたが。

ところでこの「羊」、多分「ヒツジ」なんですけど、夫の家族に「これってヒツジ(=羊)だよね?ヤギ(=山羊)じゃないよね?」って聞くとどうもハッキリしません。「だ、だ」と言います。念押しで聞きます。
私 「ヒツジ(=羊)って羊毛の取れる毛がフサフサのヒツジ(=羊)だよね?ヤギ(=山羊)じゃないよね?」
義兄「そうそう、あの毛のフサフサの…ところでヤギ(=山羊)って何?」
私 「…ヤギ(=山羊)ヤギ(=山羊)だけど…『山羊』って中国語なんだけど。」
義兄「…ふうん、知らない。」

多分中国ではヒツジ(=羊)ヤギ(=山羊)も食べられているはずですが、上海周辺だと地理的にヒツジ(=羊)よりヤギ(=山羊)が飼われている可能性のほうが高いような…で、今、ウィキペディアで調べてみますと、中国の方々はあんまり区別してないみたいです。とほほ。

ヒツジ(=羊)と言えば、中国滞在中息子は『喜羊羊与灰太狼』というアニメに夢中でした。言葉も分からないのに従弟と仲良く見てました。
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←ハトの肉&たまご
ハトって美味しいです!

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# by xiaozhuzhu | 2013-01-02 00:00 | 2013年上海へ里帰り
2013年 01月 01日

ハーフ君

日頃忘れがちですが、息子は日中ハーフなんです。
中国語はさっぱり覚えないし、2年前に上海に帰省した時は毎日「日本に帰りたい~」って泣いてたし、本人も全く自覚してないけどそれでも半分は中国人です。

数年に1度ではありますが、そんな息子に少しでも中国という国を知って欲しくて中国に連れて行くのです。
私自身、18歳から中国語を学び始めて、もちろんまだまだ下手くそだけど、でも言葉を学ぶ以上に、習慣や文化の違いに慣れる事の方がはるかに大変だったのです(あ、今でも慣れてませんよ、凹んでばかり)。息子に中国語を無理に教えようとは思わないです。覚えてくれたら嬉しいですけどね。でも、小さいうちから中国のエネルギッシュな雰囲気や、匂いや、食べ物や…そういうものには触れて欲しいと思っています。そんな思いで嫌がる息子を引きずる様に(笑)中国へ連れて行くのです。

e0027594_1353269.jpg3歳半年下の従弟とも遊びました。
家族がいて、みんなでご飯食べて、子供たちが元気に遊んで…そういうところは世界共通、同じなんですよね。

今回の中国滞在で、息子がまず指摘したのは「中国の人はお金も品物も渡すときに投げる」という事。早速まねしてました(笑)。それから道端や地下鉄で「物乞い」に遭遇したのもカルチャーショックだったらしいです。で、遭遇するたび1元のコインを恐る恐るお椀に入れていました。生きた魚や鳥が売られているのにも興味津々。あるレストランの門前で、生きた鶉・ハト・ニワトリの傍らにむしり取られた羽が山積みされていたのにビックリしてました。でも「帰りた~い」と泣いたりはしなかったです。成長?したかな?!

あ、これ↓は夫の実家で義母がスッポンを料理している所。血を抜いてます。豪快。
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# by xiaozhuzhu | 2013-01-01 00:00 | 2013年上海へ里帰り